巡り合えても、交わらない

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巡り合えても、交わらない

 家に帰って、さっそく水槽に入れた。もともと飼っているエビが五匹ばかり入っている水槽に。 「ほら。新入りだぞ。」  真治はエビをこよなく愛す。 エビの面白さは、暗闇のなかにこそある。夜になるのを待って、部屋の電気を消すと、ランタンだけの灯りで酒を呑む。冷蔵庫できりっと冷やした辛口の日本酒の小瓶をおちょこに注いで。つまみは鮭とば。目の前にはエビの水槽。  暗くなると、エビは縦横無尽に泳ぎ出す。ふわりふわりとしたその泳ぎは、中国絵画のなかの龍にも似て、泳いでいるというよりは空を駆けている、というイメージだ。 「自由だな。いいなあ、お前らは。」  真治は呟き、少し笑った。  世の中に、こんな楽しみがあることを、鳴海はきっとまだ知らない。辛口の日本酒も、鮭とばの旨さも、きっとまだ味わえない。  同じ星に生まれて、人間に生まれて、日本という国に生まれて、巡り合うことがかなう時代に生まれた。それだけでは足りない、って、君は言うのかい? 随分、傲慢だ。  真治はエビを見つめながら思う。  あの女は、「合格点」だった。いろんな意味で。でも俺のほうだって、惚れていた、っていうのとは、だいぶ違った。「あり」ではあったけど、好きだったわけじゃなかった。 「随分、傲慢だな、俺も。」  これでよかったのだとこころから思えた。 エビは薄暗い灯りのなか、自由自在に飛び回っている。真治はほろ酔い気分で日本酒をやりながら、いつまでもそれを眺めていた。こんなに愉快なこころもちもあるまいと思いながら。 〈おしまい〉
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