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たどり着いた場所は思わず見とれてしまうほど自然の美しい場所だった。ある程度人の手で整理されているらしく、川の流れが緩やかになるように石が人工的に積み上げられているようにも見える。
「ああ、やっぱりきれいだ」
新井はほっとしたように初めて微笑んだ。出会ってから淡々と話をするだけでまだ笑っていなかった。その様子に石川も安堵する。
「なあ、お前の方はそうなんだ。結婚とか」
「あー。仕事一筋だと長続きしなくてさ。そんなに仕事が大事なら仕事と結婚すればってフラれた」
「彼女いたんだな」
「半年前まではな」
もともと二人はそこまで親しいというわけではない。登山中出会い意気投合して連絡を交換してから、たまにやりとりをしていた程度だ。そのため実はそこまで深いプライベートを知っているわけでは無い。
「少し休んでもいいか。俺の事は気にせず上流のほうに行ってみろよ」
「え、いいのか?」
「ああ。俺はここの景色を見てる。いつか二人で来たかったんだ、ここ」
「そっか」
要するに今は一人にしてくれということだ。このことからも新井が妻に強い未練があるのは間違いない。それじゃあちょっと散歩行ってくる、と明るめに言って石川は上流に向かって歩きだした。
しかし歩き出してすぐに違和感を抱く。やはり生臭い。なんというか、生ゴミのような匂いではなく。そう、これは魚だ。魚特有のあの生臭さ。
「うわ、なんだこりゃ?」
川の近くの砂利の上にはたくさんの魚が干からびて死んでいた。鉄砲水か何かがあって、あっという間に水が引いて陸で死んでしまったのだろうかと思ったが違う。死んでいる魚は全て体の所々が抉られるように大きく欠損していた。
「生臭かったのはこれか。風下だからさっきの道も臭かったんだな」
魚の種類は様々だ。えぐられている部分もバラバラ。動物が食べたにしては随分と奇妙である。この状況を新井に知らせに行こうと、立ち上がって振り返る。
「っ!」
思わず悲鳴が出そうになった。真後ろと言っても良い場所に女が立っていたのだ。しかもかわいいとか美人とか、そんな言葉で片付けられるものではない。「美しい」のだ。どんな絵画より、芸能人よりも。
女はニコニコと笑って石川を見ている。まるで黒曜石のような大きな瞳に吸い込まれるかのようだ。
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