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わけがわからない、アレは一体何なのか。すると後ろの方からジャバジャバと水を切るような音がした。嫌な予感がして横の川を見れば、アイツが凄まじい速さで泳いで登って来る。
「ひっ」
なるべく川から離れる。水に引きずり込まれたらおしまいだ。走って走って、たどり着いたのは小さな滝のような場所。ここが湧水の最初の場所だ、これ以上は高い崖になっていて登ることはできない。
「そんな!」
滝つぼに辿り着いたアレはくるくると泳ぎ回る。それがなんだか喜んでいるようで不気味だ。元来た道を引き返しても同じだ、どこまでもついてくる。かといって川を離れて逃げられるような場所はない、草が生えすぎて地面が見えない。転んでケガでもしたらそれこそアレがゆっくり食事をしにくるだけ。
ザバ、と水から出てくる。まるで骨がないかのようにウネウネと、軟体動物のように移動してきた。
(落ち着け!)
冷静さを失ったら死ぬ。水の中では動きが凄まじかったが、陸に上がるとノロマだ。水以外の場所では、もしかしたら本当に魚程度の能力しかないのではないか。
目潰しは効くかもしれない、心臓を貫けば死ぬかもしれない。足元には大きな石も落ちている。まずはこれを投げつけて……。
「姫華?」
突然後ろから聞こえてきた声は新井だった。騒ぎを聞きつけて追いかけてきたようだ。
「新井!」
助けてくれと言おうか、早く逃げろと言おうか一瞬迷ってしまった。その間に新井はフラフラと、なんと化け物に近寄っていく。
「帰ってきてくれたんだな、俺のところに」
「何言ってるんだ、しっかりしろ!」
姫華。そうだ、新井の妻の名前だ。
(あの化け物が奥さんに見えてるってことか!? そうだ、俺はさっきこいつを犯してしまいたいと思った。性的な誘惑をしやがるのか!)
恋人とは別れ、今は特に好きな人もいない。だから誰もが持っている性欲が反応した。しかし新井はいまだに妻を愛している。アレは文字通り「人魚」なのだ、こいつは人を誘惑する。
「そいつはお前の奥さんじゃない!」
「何言ってるんだよ、俺に笑いかけてくれてるじゃないか。こんなに優しい言葉をかけてもらったのは」
「一度でもあったのかよ!」
「!」
どこか確信めいたものを感じて石川は怒鳴っていた。そしてそれは的中したようだ、新井は目を見開いて立ち止まる。
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