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「お前が本命じゃなかったなら、優しい言葉なんてかけられたことないんだろう! 今お前が見てるのはお前の好きな奥さんじゃない!」
「……さい」
「お前にとって都合の良い奥さんだろうが!」
「うるさい! それの何が悪いんだよ!」
声が完全に裏返った状態で怒鳴り返される。涙を流しながらも嬉しそうに笑うその顔は、もはや狂気に満ちていた。
「俺が望んだ姫華がここにいるんだぞ、何が悪い? 俺のこと好きだって言ってくれてる、ずっと一緒にいてほしいって言ってる、俺がずっと言って欲しかったことを言ってくれてるんだ!」
「そ――」
「あー、あ、あ、あ。わ、たしを、食べてえ」
そう言うと化け物は新井に抱きつき、川に飛び込んだ。小さな滝壺だが深さは十分にある。水しぶきで二人の姿は見えなくなったが、やがて水が真っ赤に染まった。気がついたら、腹の底から叫んでいた。
「ああああああ!!」
恐怖なのか、悔しさなのか、何なのかわからない。臭さが血生臭さとなり。石川はその場を走り出していた。
その後警察に話をして現場を捜査してもらったが。魚や動物の死体は見つかったものの新井の姿はどこにも見つからなかった。そうして時が経ち、石川が心身喪失状態からの妄想をしたのだろうということで片付けられてしまった。
実は海外での仕事で大失態を犯し、クビになって意気消沈した状態で日本に帰ってきていたのだ。山登りの誘いを受けたのも、自分自身が気分転換をしたかったからだ。
新井の親に話をしても信じてもらえず、何か連絡があったら教えてくださいと言われただけで終わってしまった。奇妙なものを見るような目で見られたので、頭がおかしいと思われたのだろう。
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