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「おじいちゃんに傘を届けてくるね」
「まさかとは思うけど、そんな格好で出かけないでね」
母が私に視線を送りながら釘を刺す。いくらなんでもさすがにこの見た目で外に出るのは無理だと私もわかっているのに。
「ちゃんと着替えるよ」
自室に戻って半そでTシャツの上からパステルイエローのカーディガンを羽織り、下はスリムなジーンズに履き替えた。
クリップで止めていた髪は下ろしてブラシを通し、真っすぐに整える。
メイクをしようかとコスメボックスに手をかけたものの、開くのをやめた。
祖父を迎えに行くだけだし、私がノーメイクかどうかなんて誰も気にしていないだろう。
「行ってきます」
母に声をかけ、紳士用の祖父の傘を片手に家を出た。
雨は先ほどよりも勢いを増してアスファルトに強く打ちつけている。足元をよく見て歩かないと靴の中まで濡れそうだ。
どこに寄り道するでもなく、駅の近くにある目的地へと足を速めた。
「こんにちは」
ビルの二階にある碁会所を訪ね、笑顔で方々にあいさつをした。
「おお、冴実ちゃんか。いつ見ても美人さんだな」
「え、ありがとうございます」
何度か訪れているうちに、どうやら私の顔と名前は多くの人に知られるようになったみたいだ。
祖父と同性代の人たちがまるで自分の孫に接するように気さくに話しかけてくれてうれしい。
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