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「倫治さん、冴実ちゃんが来とるよ」
テーブルと椅子がびっしりと並べられている部屋の一番奥で、祖父が腕組みをしながら碁を打っていた。
相手をしてくれているのは、祖父とは旧知の仲だという辰巳さん。
辰巳さんはいつ会ってもにこにことした柔和な笑みをたたえて、恰幅のいい体型をしているのもあってとてもやさしい印象だ。
ふたりのそばまで行き、「こんにちは」と頭を下げてあいさつをした。
「おじいちゃん、傘を持ってきたよ」
「おお、すまんな。でも……こりゃもう少しかかるぞ」
祖父が碁盤を見つめたまま、むずかしい顔で返事をした。
私にはわからないけれど勝負が拮抗しているのか、祖父はプロ棋士さながらに次の手を考えている。
「倫さん、まだまだ俺には勝てんな」
「いやいや、たっちゃん、実力の差は縮まっとる!」
祖父が囲碁に没頭し始めたのは、ここに通い始めて辰巳さんと打つようになってからだ。
腕前は辰巳さんのほうが上みたいで、祖父はなんとかそのレベルに追いつきたいらしい。
ふたりは馬が合うのか、いつも一緒にいて楽しそうに会話を交わしている。祖父にこんなにも仲の良い友人がいてよかった。
「冴実、終わるまで待ってるだろ?」
「うん。おじいちゃんとなにか甘い物を食べてから帰ろうと思ってるから」
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