§1.意外な縁

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§1.意外な縁

 今日は休日なのに、私は自宅で仕事の資料に目を通しながら、ノートパソコンの画面を睨みつけている。  気が付くと時刻はすでに十四時を過ぎていて、どこに出かけるでもなくこんな時間になっていた。  三月に入ってから気温がぐっと上がって暖かくなった。今は春本番といった気候だ。  それにもかかわらず休みの日にずっと家にこもっている自分がすごく不健康に思えてくる。  どこかに出かければよかったと悔いていたら、しとしととした雨が降っているのが窓から見えた。先ほどまであんなに晴れていたのに……。  ふらりと散歩にでも出ていたら、危うく濡れて帰ってくるところだった。  私の名は香椎(かしい)冴実(さえみ)。  年齢は二十五歳で、大学卒業後にアウトドアブランドを手掛ける株式会社ジニアールに就職し、商品部に配属された。  設立してからの創業年数は短い会社だが、国内に次々と実店舗を出店していて、幸いどこも順調に売上を伸ばしている。  成功している理由は経営戦略が緻密で優秀だからだそうだ。   「うぅ……喉が渇いた」  集中しすぎていて、いつの間にかグラスの中のお茶が空っぽになっていることに今気が付いた。  椅子から立ち上がってグイッと背伸びをする。すでに首も肩も凝り固まってガチガチになっていた。  中身の入っていないグラスを手に自室の扉を開け、トントントンと軽快な足取りで階段を下りて一階のキッチンへ向かう。 「冴実」  冷蔵庫にある冷えたお茶をグラスに注いでいる最中、背後から母が声をかけてきた。  母は近くのスーパーでパート勤めをしているが、今日は午後から休みだったらしい。
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