scene 03.

1/1
前へ
/25ページ
次へ

scene 03.

 なんで、僕ばっかり。 「よお」  また来た。 「あのさあ……数学のノート貸してくれよ」  なんで僕の? 君の周りには頭のいい友達いっぱいいるじゃんか。  クラスの人気者である彼。隅っこの席でいつも本ばかり読んでる僕。同じクラスでもなければ、交わることなんてなかっただろう。 「ほら、早く。昼休み終わっちまう」  急かすように、右手を突き出して来る。すらっとした長い指。そう、指も長いけど、手足も長いんだよな。いつも図書室から陸上部の練習見てるから、知ってる。  僕はしぶしぶと机の引き出しからノートを取り出す。ほっとしたように彼は少しだけ頬を緩め、それを受け取った。かすかに指先同士が触れ、何故かどきりとする。 「サンキュな」  そう言うと、自分の席へと戻っていく。昼休み中に写してしまうつもりなのだろう、さっそく自分のノートとペンケースを取り出した。 「なんだよ、またあいつに借りたのかよ。俺に言えばいいのに」  いつも一緒にいる別のクラスメイトが彼に話しかけている。  そうだよ、なんで僕に。  彼だったら、ノートを貸してくれる友達なんか、いっぱいいる。明るくて、話題も豊富で、運動神経もよくて。勉強はちょっと……みたいだけど、そこがまたご愛嬌というか。  笑った顔がすごく眩しくて。ずっと見ていても飽きない。走ってる姿もすごくカッコいい。  そんな彼が、なんで僕に。ただ、クラスが同じというだけの僕に。 「うっせえなあ……何だっていいだろ。たいした理由なんてねえよ」  だってなあ、とか、なんでわざわざ、とかまた突っ込まれて、彼は「あーもうっ」と両手を振り上げた。 「こいつの字が見やすいから! それだけっ」  そう言い放つと、彼は二冊のノートを持って立ち上がった。長い足が机の間をさくさくと抜けていく。けど教室を出る間際、ちらりと僕の方を向いた。  あれ。  見たことないカオ。  困ったように眉をひそめて。その頰はほんのり赤く染まっていた。  あれれ?  そして何故か僕の頬も、のぼせたように熱くなっているのを感じていた。  2024/08/12
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加