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「私が帰ってくるまで、絶対に生徒会室から出ないでくださいね」 「うん、わかった」 「何かあったら、すぐに連絡してくださいね」 「うん、連絡する」 生徒会室のドアの前でボクの両手を握りしめ、何度も注意することを伝えるふうくんの言葉に一つひとつ頷く。今からふうくんは親衛隊隊長として風紀委員の子たちと話さないといけないけど、親衛対象であるボクは参加できないから生徒会室でお留守番をする。 「いい加減行きなさい。何度同じことを言ってるんですか」 すると、今まで黙々と仕事をしていたあやくんが呆れたように言う。その声に二人して振り返ると、あやくんがふうくんに向かってシッシッと手で払った。 「ここには私がいますし、後から忍と彩葉が来るから心配する必要ありません」 しのくんといろくん来るんだ! 二人の名前を聞いて喜ぶと、ふうくんの目を見つめながら何度も大きく頷く。 「ふうくん、ボク大丈夫だよ。お仕事して待ってる」 「でも……」 ふうくんに少しでも安心してもらえるように握っている手に力を込め、口角を上げる。 ふうくんとは朝から晩まで一緒にいるし、ふうくんにお世話してもらってばかりだから頼りないのかもしれない。だけど、親衛隊はふうくんの大事なお仕事だから頑張って送り出す。 「ぎゅーしよっ!」 元気よくそう言うと、握っているふうくんの手を離して抱きつく。ふうくんがいつもしてくれるみたいに背中をポンポンと叩くと、ふうくんもボクの背中に手を回してくれる。 「頑張ってね」 「はい、頑張ります」 ふうくんに頬をすり寄せると、ゆっくりと身体を離していった。 「では、行ってきます」 ふうくんはまだ心配が拭えないのか眉毛を八の字にさせると、ボクの頭を撫でて頬にキスしてくれる。本当は廊下に出てお見送りしたいけど、生徒会室から出ない約束をしたからドアへと歩いていくふうくんの背中に手を振るだけで我慢する。 ……ふうくん、行っちゃった。静かにドアが閉まるのと同時にしょんぼりすると、あやくんのほうへと身体を向ける。 「やっと行きましたか」 寂しがるボクとは正反対にあやくんは溜息混じりに言う。頑張って送り出したけどふうくんがいないとぽっかりと胸に穴が空いたような感覚になり、とぼとぼとあやくんの席の隣にある自分の席に腰を下ろした。 目の前の机には、ボクに任されたお仕事が並んでいる。でもこの量だったらすぐに終わっちゃうだろうし、ふうくんとやろうと思っていたけど宿題もしようかなあ……。ふうくんが帰ってくるまでの時間を埋めようとやることを探す。 「忍と彩葉が来たら、みんなで休憩しましょう。征太郎が今日の話は少し時間がかかると言っていましたし、急ぎの仕事もないですから焦る必要はありません」 ボクがきょろきょろしていたからか、あやくんが優しく頭を撫でてくれる。その手に反応してあやくんのほうへと顔を向けると、あやくんの両目の下にうっすらとクマがあるのに気づいた。 「あやくん、どうしたの?」 二人とも椅子に座ったままだとくっつけないから立ち上がると、あやくんの目の下を親指の腹で撫でる。あやくんの肌はひんやりと冷たく、近くで見るほど疲れが滲み出ているのがわかる。 「莉央にも気づかれてしまいましたか」 あやくんはボクの手首を握ると、手のひらに頬をくっつけながら気まずそうに笑う。あやくんは頑張り屋さんでどんなに疲れていても隠しちゃうから注意しないといけない。 「さっきは忍と彩葉が来たらと言いましたが、今から休みませんか?」 「うん、休憩する!」 どうやって休んでもらおうか考えていると、あやくんから休憩の提案が出てくる。 前のあやくんだったら休むのを嫌がるから無理やり休んでもらっていた。だから、あやくんから休むと言ってくれたのが嬉しくて声を弾ませてしまう。 「ソファに移動しましょうか」 その言葉に頷くと、あやくんの手を握ってソファへと連れていく。 なんだか、ボクがあやくんのお兄ちゃんになったみたい。湧いてきた使命感に従ってあやくんとソファの前まで来ると、あやくんと隙間がないくらいくっついて座る。すると、それとほぼ同時にあやくんが無言でボクを抱きしめた。 「あやくん、いいこいいこ」 ボクも応えるように力いっぱい抱きしめると、あやくんの背中を優しく撫でる。 あやくんは昔から溜めこんだストレスを発散させるのが下手な子だった。だからボクはパパやママ、お兄ちゃんたちが喜んでくれたようにあやくんを抱きしめる。あやくんの役に少しでも立てたら、少しでも楽になってくれたら嬉しい。 「何か悩んでることとかある? ボクに教えてくれたら嬉しいなあ」 あやくんはソファに座ってからボクの肩に顔を埋めたまま黙っている。 ……あやくんがこんなに疲れているの、久しぶりかもしれない。だけどボクにはどうしてこんなに疲れているのか全くわからなくて、あまり強い口調にならないように気をつけながらも尋ねてみる。 「聞いてくれますか?」 これは、重症かもしれない……。少し間を空けて返ってきた弱々しい声にそう思うと、赤ちゃんをあやすように背中をポンポンと叩く。 「うん、ボクにお話して」 すりすりと頬を寄せると、ゆっくりとあやくんの上半身が起き上がる。 「転校生の悪評と指導を求める声が次から次へと生徒会と風紀委員に入ってくるんです。そのせいで征太郎は忙しくて二人になる時間が取れないし、指導するにしてもそもそも元からある生徒会の仕事をするだけで手いっぱいだし、こうしている間も転校生の言動は酷くなっていくばかりだし……。できれば私は関わりたくないのですが、副会長としていつまでも我関せずではいられません」 あやくんの口から今まで我慢していたであろう言葉がたくさん出てくる。その声がだんだんと泣き声になっていくから右手であやくんの頭を撫で、左手であやくんと手をつなぐ。 転校生って前にあやくんが校内案内した子だっけ……。正直、ボクはそれくらいしか知らなかったからそんなことになっていたのかと内心びっくりする。 「ボクにできることある? ボク、頑張るよ」 ボクも生徒会の一員だから頑張らないと。今にも泣いてしまいそうなあやくんの顔を前に密かに意気込むと、途端にあやくんの口が止まってしまう。 「大丈夫だよ。ちゃんとみんなに相談するし、何かあったらすぐに言うよ」 ボクはみんなよりも苦手なことやできないことが多いから心配してくれているのがわかる。それでも頑張ると、あやくんの頭を撫でていた右手で拳を握って見せる。 「それじゃあ、莉央は絶対に一人で転校生に関わらないようにしてください。正直、あれとは関わらないのが一番ですが、関わるときには絶対に私たちや早乙女といるときだけにしてください」 あやくんは転校生に何か嫌なことをされたのだろうか? 絶対にと力を込めて言う姿にそんなことを思う。 「そんなことでいいの?」 心配になってあやくんを見つめながら首を傾げる。 今までも転校生の姿は見たことないから、あやくんの言葉を守るなら普段と同じ生活をすればいい。こんなにあやくんが困っているのに、ボクはいつも通りでいいのだろうか。 「今、転校生に対する親衛隊の対応について風紀委員と各親衛隊長で話し合っています。私たち生徒会の対応は近々会議すると忍が言っていました。なのでまず莉央は自分の身を守ることだけ考えてください」 あやくんはボクの両手を大きな手で包みこむと、真剣な表情でそう言う。改めてボクが思っていたよりも大変な状況だったことに背筋を伸ばすと、あやくんを安心させようと口角を上げる。 「わかった、自分を守る! でも、あやくんも自分のことを大切にしてね。ボクだって少しは役に立てるんだから」 できるだけ明るく言うと、緊張した空気を溶かそうと笑ってみる。すると、硬くなっていたあやくんの表情が緩んでいっていつもの優しい笑顔に戻っていく。 「ああもう、みんな莉央みたいにいい子ならいいのに」 そんな言葉をぽろりと溢すと、目に見えるようにあやくんの身体が脱力する。ここにいるときだけでも休めるようにと願いを込めて頭を撫でると、いきなりバンッと大きな音を立ててドアが開いた。 「帰りました!」 反射的にドアのほうへと顔を向ければ、ふうくんが早足でこちらへと近づいてくる。 「おかえりなさい」 ふうくんはボクのそばまでやって来ると、床に膝をつけてボクの手を取る。 「お話は終わった?」 「はい、しっかりと話し合ってきたので安心してください」 ボクを見上げてニコニコしているふうくんに尋ねれば、頼もしい返事が返ってくる。 「しっかりと話し合ったにしては早すぎないですか? もっと遅くてもいいんですよ」 ふうくんにつられてボクも笑みを深めると、あやくんがちょっとトゲトゲした声でふうくんに意見をする。その瞬間、ふうくんの顔があやくんのほうへと向くと目をギリッと鋭くさせる。 たまに二人がこうなるときがあるけど、せいくんが言うには二人の間にバチバチと火花が散っているのだという。だけどボクにはよくわからないし、いつも二人の間に入ってくれるせいくんやしのくんはいないしで戸惑うと、とっさにふうくんの両目を手で覆った。 「めっ! ふうくん、悪い子の目してるよ」 目を隠したままふうくんを怒ると、次はあやくんを見る。 「あやくんも意地悪言わないの!」 あやくんにも怒ってから手を外すと、二人とも肩を落としてしょんぼりとする。 「すみません」 「すみませんでした」 二人ともほぼ同時にそう言うと、力なく頭を下げられる。だけどボクは謝ってほしかったわけじゃないから二人のつむじを見つめながらどうしようか考えていると、また生徒会室のドアが開いた。 「おつかれ」 聞き慣れた声におそるおそるドアのほうを見てみると、気怠げに欠伸をしているしのくんと目が合った。 「なんだ、この状況」 しのくんはボクに頭を下げる二人の姿を確認すると、改めてボクを見る。だけどどう説明すればいいのか全く思いつかなくて、とりあえずへにょっと笑ってみる。 「しのくん」 助けを求めるように名前を呼ぶと、しのくんが駆け寄ってきてくれた。
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