待雪草

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待雪草

告白しよう。僕、オーヴリー・カイ・アウトゥンノ・ウィンターは、アサシン(暗殺者)だ。そして、その業界中で最も腕が良い。ちなみに言っておくならば、()()()()、通称『昏き社会』で『極寒家(ウィンター・ファミリア)』の『氷炎姫』とかいう非常に恥ずかし―――否、名誉な称号を与えられている。  ◇◇◇◇◇ 「あぁもう!僕は女だよ、お・ん・な!」 僕の視線の先の男が、唇の端を皮肉げに上げる。 「見た目と生物学上は、ね。でも―――」 「口調も思考パターンも行動も、果ては心も、何もかもが男だと兄様は言いたいんでしょ⁉」 大声を出しすぎた。僕は額を抑え、深呼吸をしながらソファに倒れ込む。 「その話はもう聞き飽きた。僕は、心も女だよ。兄様は毎度毎度毎度毎度―――」 「はいはい。そっちの話は俺が聞き飽きたよ。」 二人で同時にため息をつき、ぎゅっと和解の握手をする。これ以上の争いは不毛だ。避けるべきであろう。 「カイ、レイ。依頼前の恒例の挨拶は終わったようだから、そろそろこっちに注目してくれないか?」 横目でそちらを見れば、いかにもお忍びと言った風体の男が、革張りのソファに悠々と座っているのが目に映る。 「怖い怖い。―――安心しろ、あなたは女だ。」 おどけて両手をあげてみせるこの男は、こう見えて常連の依頼人だ。金払いがいいので、ファミリアの上客である。 「で、依頼は?」 「報酬は?」 兄の言葉に、僕の言葉がかぶる。依頼人は上着のポケットから札束を四つ取り出し、僕たちとの間に置いてあるローテーブルに滑らせた。 「前金は二百万、成功報酬で四百万、計六百万払う。」 「ずいぶん、金払いがいいね?」 眉をひそめた。僕の経験上、こういう話は大抵厄介だ。 「私も相当迷惑をこうむっている上に、後ろ盾が厄介だからな。」 まだ何か言おうとする彼を一瞥する。 「秘密厳守、でしょ?ここは、信用が命のウィンター・ファミリアだ。いつも通り、何があろうとも口外はしないよ。」 薄く笑みを浮かべてみせる。 「で、ターゲット(標的)は?」 「……私の妻だ。」 は?と、思わず声を上げてしまう。確か、彼はどの妻とも関係は円滑なはず――― 「あぁ、何か思い違いをしているようだな。今回のターゲットは側室のヴィラン・アンタゴニストだが―――」 チッ、と舌打ちをしてしまう。 厄介だな。悪名高きアンタゴニスト伯爵家の長女じゃないか。それも、現当主が溺愛している、吐き気がするほど傲慢な娘。 ちなみにこの国では、結婚して他家に入った場合、実家の家名がミドルネームになる。 「―――そもそもあの女()()には、アリバイ作りのために優しく接していただけだ。」 ならまぁ、こいつ(依頼人)疑われる可能性は低いだろう。 「ターゲット実家からの手勢は?」 あぁ、そっちの問題もあったか。さすがは我が兄上。 「ゼロだ。公爵家を舐めるなよ。」 排除済み、と。なら、まぁ簡単か。 「殺し方や、死体に指定は?」 「丸一日家の者から引き離すから、なるべく長く苦しませてから、むごたらしい姿で。我が最愛の女に、危害を加えた制裁だ。……まぁ、これでも全く足りんがな。実家の方も、悪名は高くてもそれなりの分別はあるようで、違法行為はしていないからな。そっちで懲らしめることは不可能だし、これが上限だろう。」 分かった、と返事をする。 彼の正室、オフィーリアに対する執着の度合いが、あまりにも過ぎる。さすがの兄も顔を引き攣らせ、……は?ねえ、こっち見ないでよ。 ゾゾッ、と妙な寒気と悪寒が走る。 「じゃ、そういうことで。依頼は受ける。僕は用事があるから行くよ。」 異様な空気の漂う部屋から早足で退室した。次の仕事が迫っているというのもそうだが、僕はあの空気に耐えられそうもなかった。
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