緋衣草

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緋衣草

あれから更に数ヶ月が経過した。 未だ男尊女卑の風潮が激しいこの国では、妻や娘が亡くなったからといって特別何かが大きく変化するわけでもない。精々、添え物()が消えた、変わった、程度のものだ。現状、ほとんどの女は家の駒としか見られていない。筆頭公爵家の正室、側室が全員死んだからとパーティーが中止になるわけでもなく、更に言えば高々一ヶ月程度で、その話題が人の口に上ることもなくなっている。 「カイ、陛下がお呼びだ。ほら、行くぞ。」 半ば思考の海におぼれていた僕の意識は、その声がけで覚醒した。兄様の差し出す手に指先を添え、座り心地の良いソファから立ち上がる。 「いいかカイ、不敬なことは絶対にするなよ。」 「分かってるよ、善処する。」 呆れたようなため息が、隣から聞こえる。 「善処って……。」 「陛下じゃなくて、お祖父様(おじいさま)でしょ。上辺取り繕うのは、人前だけで良くない?この後にある夜会はともかく、プライベートな面会なんだから。」 「いや、だが―――」 兄様を、軽く睨む。 「兄様、当主になってからお固くなりすぎ。ああだこうだと理由をつけて自分を縛り付けて、いつか破滅するよ。」 分かった、と小さく不貞腐れたような返事が来て、思わず苦笑する。こういうところは子供っぽい。 「ウィンター公爵、並びに公爵令嬢。どうぞお入りください。」 プライベートの謁見の間、星の間に通される。 室内に入ると、お祖父様とお祖母様(おばあさま)――国王陛下と王妃殿下――がソファに悠々と腰掛けている様子が目に入った。後で兄様が騒ぐのは嫌だから、抱きつきそうになったのをこらえる。 「エイヴ、オーヴィー。よく来たな。」 「待ってたわ。」 兄様が頭を下げ、貴族式の長ったらしい挨拶の口上を述べようとした。 「我が王国の太陽、国王陛―――」 「エイヴ。」 お祖父様の声が兄様の言葉をさえぎり、内心で安堵する。 貴族式の挨拶は無駄に長ったらしい上、内容は定型化している。つまり、つまらないのだ。欠伸が出るところだった。 「祖父とは呼んでくれないのか?」 「いえ、ですが、(わたくし)は既に大公家の当主であり、一臣下の身で―――」 「あら、エイヴ。わたくしも昔のように呼んでほしいのよ。」 その言葉に、かく、と兄様は項垂れた。 「……わかりました。祖父君(おじぎみ)祖母君(おばぎみ)。」 「イェーイ!」 お祖父様とお祖母様はハイタッチを交わした。 仮にも国のトップがして良い仕草ではないけど、相応しい相応しくないだとかそんな矮小なことで喜びの感情を抑圧するよりはよっぽどましだろう。 そもそも、この人たちはこういう性格だということは国中が知っている。だから、『挨拶が~』とかも、勝手に臣下が騒ぎ立てているだけで、本人は無頓着なのだ。むしろ、煩わしく感じているらしい。 「―――とまぁ、前置きはここまでとして、本題に入ろう。」 来た。見合いの話だ。どう断ろうか。 お祖父様は、手を二度叩いた。それから数秒たち、ドアがノックされ、僕は背筋に冷たいものが伝うのを感じた。 うそでしょ。でも、この気配は確かに――― 「お連れしました。」 ドアを開けた侍従がわきに寄り、頭を下げた。硬質な靴音が響く中、僕は目を見張ったまま凍り付いていた。
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