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壱.壊れた家庭、一晩の一人旅
「ただいま……帰りました。」
「あら、莉緒ちゃん。おかえりなさい。」
いつも通り、空返事に近い母の返事には、一切の感情を感じ取ることが出来ないほど冷めたものだ。
私の家の家庭環境は崩壊したいる。
父の浮気が発覚した一年半前から。
常にギスギスとした食卓。
私は気づいた時には家族で過ごす時間に激しい嫌悪を感じるようになっていた。
私は唯、愛されたい。
私は愛に飢えていた。
唯それだけの単純な願いは決して叶うことはないのだと悟ってしまった時から、私の中に渦巻く暗雲は晴れる兆しを完全に失ってしまった。
連日の猛暑のため帰ったらまずシャワーを浴びる。
汗ばみ、汚れた身体を洗い流したことで少し気持ちが軽くなった気がした。
シャワーを浴びてまだ重い足取りで玄関のスクールバッグを拾い上げたとき、奥から母の声がした。
「莉緒ちゃん夕飯は?」
「ごめん食欲がなくて……夕飯はいらないの。」
「そう。勝手にしなさい。」
私は足早に自室に戻るとスクールバッグのひっくり返し、中身をベッドの上にぶちまけた。
筆記委用具、プリントが詰まったファイル、制汗剤、財布、2Lの烏龍茶、そして風邪薬とグレープフルーツジュース。
今日の旅行は風邪薬であるデケセムと呼ばれるという物質が主成分の咳止め薬にすることに決めていた。
この成分は少量では咳止めとして作用する。
しかし、用法の上限を超えて服用することで強力な多幸感と心地よい幻覚を見ることが出来る。
そして、服用量に比例してその薬理作用は強化されていく。
さらに、グレープフルーツジュースを摂取することでこの物質を解毒する、肝臓のシトクロムP450を阻害することが可能で、長時間の旅行が可能になる。
また、空腹であることも非常に重要なポイントでだ。
胃の中に固形物が入っていると薬理作用が阻害され、効きが遅くなり、ダラダラと長く、中途半端な薬効が続く好ましくない事態に陥りやすい。
私はこれらの最高のコンディションで35錠のデケセムと制吐剤をグレフルで流し込むとトイレを済ませ、部屋の電気を消すと、ゆっくりとベッドに身を横たえた。
これから一時間後には私の旅行が始まる。
今日はどんな世界を観に行けるのだろうか?
私はお気に入りのモニターヘッドホンを付けると、スマホでミュージックプレイリストの選別を始めた。
私はデケセム用のミュージックプレイリストをいくつも作っている。
デケセムと音楽は非常に相性が良い。
その中でも特に相性がいいジャンルというのが存在する。
半世紀以上に渡り栄えてきたドラッグカルチャーの強大な熱意は多くの音楽に影響を及ぼしてきた。
挙げたら出したらキリがないのだが、私は特にPsytrance、Acid Houseと呼ばれるジャンルの曲が特に好みだった。
今日はのんびりと物思いにふけりたい気分だったのでAcid Houseのプレイリストを聴くことに決めた。
高まる心と、まだ自由の効く身体がベッドに溶けるように沈み込んで行くのを感じた。
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