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「でも、今日疲れてるのは別の理由で」
そこまで言ってハッとした。マスターが「別の理由?」と尋ねる。マスターにはいつもいらないことまで喋ってしまう。そうさせる雰囲気が彼にはあった。私は誤魔化すこともできず、苦笑いを浮かべた。
「私、冷たい人間なんです。周りがのうのうと生きているのに嫌気を差しちゃう。この人たちは自分がもしかしたら今日死ぬかもしれない、なんてこと考えてないんだろうなぁって思っちゃて」
「私くらいの歳の人間は、いつか死ぬなんて考えているかもしれませんが。小春さんのように若い世代はまだ自分の死についてきちんと考えている人は少ないでしょうね」
「若いって、私もう30ですよ? 全然若くないです」
「私からしたら十分若いです」
またマスターがふふふ、と微笑んだ。
「小春さんはきちんと自分の死について考えているんですね」
「いえ。私もあんなこと経験しなかったら、今頃考えもしてませんよ」
「あんなこと?」
しまった。また余計なことを口にしてしまった。やっぱりマスターは魔法使いなのだろうか。マスターの前だと嘘をつくことすらままならない。
「私、10年前に交通事故に遭ったんです。そこで、当時付き合っていた彼氏と死別してしまって」
「それは……大変な思いをされましいたね」
私は少しだけ微笑んでみせる。それからまた話し始めた。
「まさか自分が交通事故に遭うなんて思ってもいなかったし、それで彼氏が死ぬとも思ってもいなかったので本当にショックでした。そこから自分たちがいつも死と隣り合わせなんだってことを思い知らされました」
そう考えると、颯人の死は私にとって良かったのだろうか。いや、決してこの世に良い死など存在しない。死んで喜ぶ人間なんて、本当にその人を心から憎んでいるか、ただのサイコパスかの二択だ。
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