ユメミグサの境界線

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 嗚呼、今生きてる人はきっと自分が今日死ぬ訳ないと思ってのうのうと生きてるんだろうな。昔の私みたいで反吐が出る。いつ死ぬかなんて分からないのに、どうして暢気に笑っていられるのだろう。  今日、交通事故に遭って死ぬかもしれない。今日、感染症にかかって死ぬかもしれない。今日、誰かに殺されるかもしれない。いつも死と隣り合わせだっていうのに、それを分かっていない。  分かっていないから、私も颯人(はやと)も交通事故に遭ったんだろうな。そして颯人は、死んだんだろうな。  カランカラン、と喫茶店の鈴が鳴る。ファミレスの入店音みたいに人工的に作られた音じゃないから、何だか安心した。マスターは私の方を見ると、にっこりと微笑んだ。 「小春(こはる)さん、いらっしゃい」 「こんにちは、マスター。いつものお願いします」 「かしこまりました」  昔からドラマとかで常連客がマスターにいつものと頼んでいる姿に憧れていた。私も大人になったら、どこかのカフェの常連客になって言ってやるんだ、なんて意気込んでいたのを覚えている。そして大人になった今、大通りから離れた場所にある小さな喫茶店の常連客になった。今やこの喫茶店は私にとっての憩いの場であり、もう二度と手放せない場所になっている。  どうぞ、とマスターが一杯のコーヒーを淹れて差し出した。私好みのミルクと砂糖が少々入ったほろ苦いコーヒー。コーヒー一杯にしては割高だから、毎週金曜日の仕事帰りにしか訪れてはいない。しかし、この味には納得の行く値段だった。もう少し高くてもいいくらいだ。 「小春さん、今日は随分とお疲れですね。お仕事大変なんですか?」 「あー、まぁ大変ではあります」 「いつもお疲れ様です」 「マスターこそ」 「いえいえ、私は皆さんにコーヒーを淹れてただお話しているだけですから」   ふふふ、とマスターが微笑んだ。
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