飛永先生は己の信じた道をゆくらしい

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飛永先生は己の信じた道をゆくらしい

斜陽が差し込む病室。時計は午後5時を指している。わたしはベッドサイドに腰掛け、飛永先生の来訪を待っていた。 「滝崎さん、今いいですか?」 「はい、絶賛ヒマしてまーす!」 飛永先生は、散歩途中に立ち寄ったかのような飄飄とした表情で椅子に腰かけ、わたしと向き合った。夕方の回診の時、先生はきまって十五分だけ、時間を取ってくれる。だからわたしも心して来訪を待ち構えている。もとい、心、踊っている。 「さて、今日の話ですが――」 先生のお話は、医学生という異世界生活に始まって(人体解剖や実習の実験は興味津々)、病院にまつわるおどろおどろしい話とか(眠れなくならないように手加減してもらった)、医療ドラマさながらの劇的な患者さん復活劇(先生だからうまくいったんだと思う!)などさまざまだ。 「次はそろそろ、先生自身の恋バナですね?」 「滝崎さん、あなたは距離の縮め方を間違っています。それならぼくが投薬の量を間違えてもいいんですか?」 「脅さないでください。退屈なわたしの人生は、刺激的なスパイスをほしがっているだけです」 先生の日替わり物語はどれも波瀾万丈で、わたしひとりに話すのはもったいないほど、てんこ盛りのネタ祭り。毎日、この時間が待ち遠しくてたまらない。世間と隔絶された悲しき女子高生であるわたしにとって、潤いを与えてくれるオアシスなのだ。 「退屈と感じるのは元気な証拠です。それに、ぼくの人生には、人様に味あわせるような禁断の激辛スパイスはありません」 飛永先生は誰もがイメージするようなお医者さんの貫禄がまるでない。というか、推定三十路越えだというのに、少年時代の延長みたいな無邪気さを持ち合わせている。 先生はファイルケースからA4サイズの紙を取り出した。タイトルには『検査結果報告書』と書かれている。 「今日は大事な話なんです」
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