飛永先生は己の信じた道をゆくらしい

6/10
前へ
/10ページ
次へ
「で、その異常には、どんな意味があるんですか」 「じつは今回の学会で、病気の細胞にその遺伝子異常がある場合、化学療法がよく効き、移植をしなくても治療成績は良かったという報告がありました」 先生は米国でブラックボックスの中身を覗いてきたのかもしれない。だとすれば――。 「それってつまり――化学療法だけで治る、っていうことですか」 「いや、そこまでは言い切れないんです。科学的な立証にいたるには、追随研究が必要です」 「かもしれない、っていう感じなんですね」 「そのとおりです。だけどぼくが研究しているデータベースにあてはめても、矛盾しない結果だったんです」 先生の意味することは、すこぶる腑に落ちた。 移植をしなければ、いろんな未来の選択肢が残されるのではないか。順調に治療を完遂できれば大学受験に間に合うかもしれないし、将来、子供を産める可能性だって残される。 だけど先生が真実を引き当てていないとしたら、再発の可能性は確実に高まるということ。和らいだはずの病気に対する恐怖がよみがえり身震いを覚える。 現実は美談でできているわけじゃない。楽観視したら、それが原因で命を落とすかもしれない。移植をしないという選択は、みずから魔物の巣に飛び込んでいくようなものだ。両親だって、治る可能性が高い移植治療を選びたいと言うに決まっている。 でも、先生はわたしたち患者の最適解のために、熱意をもって研究に励んでいる。それにわたしは先生の誠意をよく知っている。わたしを絶望の淵から救い上げるために、多忙な時間を切り分けてくれていることを。 だからわたしは先生の信念を、先生が描く未来を信じたい。わたしの運命は他の誰でもなく、わたし自身が決めればいいのだから。 そう決心すると同時に、迷いやためらいは一気に吹っ切れた。まっすぐに先生を見て決意を伝える。 「先生、わたし――」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加