飛永先生は己の信じた道をゆくらしい

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★ ひととおりの治療を終えて退院し、2か月が過ぎた。髪の毛が生えてきたけど、まだ地肌を隠しきれるほどは育っていない。 「滝崎さん、どうぞ」 外来の診察室に呼ばれたところでウイッグを直してから扉を開ける。飛永先生と目が合った。わたしの表情を注視しているのは、体調だけでなく、挑戦の結果を知りたがっているからに違いない。もちろん、わたしだって伝えたくてうずうずしていた。 「先生、聞いてください。大学、合格できたんです!」 「おおっ、すごいじゃないですか!」 先生は大袈裟なくらいに手を叩いて祝ってくれた。 「頑張った甲斐がありましたね」 「第一志望ではなかったんですけど、自分なりに納得です」 病院の診察室はのんびりと話ができる雰囲気ではないので、思わず早口になってしまう。ああ、病室でのゆったりしたお話の時間がなつかしい。 結局、わたしは移植を受けず、化学療法のみで治療を終了することにした。だから現役での大学合格をめざし、入院生活中に受験勉強に取り組んだ。なりふり構っていられなかったので、先生に無理を言って外出の許可をもらい、学校の試験を受けさせてもらった。留年にさえならなければ、それでよかったから。 「ところでキャンパスはどこなんですか」 「じつは、東京なんです」 先生の表情が一瞬、はたと動きを止めた。 「自宅からの通学はかなり大変だと思うんですけど」 「毎日ラッシュアワーの往復4時間なんて耐えられません」 「まさか、一人暮らしをするんですか?」 「そのまさか、です」 飛永先生はさらに目を二倍にして驚いた。病み上がりのわたしが独り立ちするなんて思っていなかったのだろう。 「ですから紹介状を書いてほしいんです。キャンパスは東京国立医科大学のそばなので、そこを希望します」 「そうしたら、もう顔を見られなくなってしまいますけど、ほんとうに大丈夫ですか?」
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