4 期待

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「伊吹!俺今日部活ある日だから、先帰ってて!」 「わかった。頑張れよー」 「おう!ありがとな!」  時刻は夕方17時を回った。部活動に所属している茉白を部活へと送り出したら、俺はもう帰るだけだ。 「ふう…じゃ、帰るか」  俺は重い鞄を肩にかけた。 (しかし帰ると言っても、俺の今日の楽しみはこれからなんだよな~!新作のBL、超楽しみだ)  俺は今日このために憂鬱な月曜日を乗り越えた。  俺は月曜日の疲れや憂鬱を消し去る程の楽しみで埋め尽くされたまま、今日の月曜日の教室を後にしたのだった。 (やばい、早く電車で読みたすぎてもう着いちゃった…。さっきまで教室にいたはずなのに)  ハッと我に帰れば、仕事帰りのサラリーマン達の姿が目に入る。それと同時に駅のホームが視界に映ると、無意識の内に遥の顔が脳裏に思い浮かぶ。 (…遥、いないかな)  周りには仕事帰りのサラリーマンに学校終わりの学生。遥の姿は当然無い。 (まあそうだよな、期待しすぎだ、俺)  会いたいという気持ちが大きくて、つい期待してしまうのだが、期待しただけ後に凹んでしまうのは自分だ。期待しないように自分に言い聞かせる。  そして、今、俺の前に電車が停車した。俺はこれから先、電車に乗る度に遥の顔を思い浮かべることになるのであろう。 (うわ、やっぱ帰宅時間だからか人多いな)  車内は仕事終わりのサラリーマンで埋められていて、座る席は見当たらない。 (どうせなら漫画座って読みたかった…周りの人に見えないように立って読もう…)  俺は電車が動き出したと同時にスマホの漫画アプリを立ち上げ、画面の明るさを最小限暗く落とした。 (あーやっぱこの方が書く絵柄凄い好きだな。最高だ…)  俺は乗車してからずっとスマホと顔を合わせている。 (うわあ、キュンキュンする。俺もこんな恋愛したいな)  漫画の世界の甘いシチュエーションに俺はみるみる吸い込まれていく。 (この主人公凄いな、好きになった人に速攻名前聞いて連絡先まで聞いてる…)  現実と漫画との差が目に見える。 (ん…?いや待て、なんかこの漫画の主人公、俺と今同じ状況…)  この漫画の主人公は、まさに今の俺と同じ状況に置かれていた。俺は漫画の最後のページを捲ってみる。 (この漫画の最後はハッピーエンドだし、俺もこの漫画の主人公見習って行動すれば、俺も漫画みたいな恋愛ができるのか…?)  俺の夢はBL漫画みたいなキュンキュンで甘々な恋をすること。もしかしたらこの漫画を参考にしていけば、いい方向に傾くかもしれない。 (漫画参考にするのも何だかアレだけど、恋愛経験の無い俺には参考にするものがあっていいよな…?) 「お出口は、右側です」  つい色々と考え込んでしまった。ハッと意識をアナウンスに向けると、だいぶ電車は最寄り駅へと近づいて来ていた。いつの間にか沢山いたはずの車内のサラリーマン達も下車しており、人が少なくなってきていた。 (車内空いてきたな、そろそろ席座ろう)  俺はそろそろゆっくり座って漫画を読もうと思い、席に座るべく後ろを振り返る。 「マジお前さあ、いつ気付くんだよ」 「…えっ、は!?」  後ろを振り返ると、吊革に捕まり気怠げに立っている遥の姿があった。俺より小さいはずの遥が、今は俺より大きく見える。 「え、え、何で…!? いつから…」 「ずっと」 「ずっと…!?」 「さっきから何読んでんだよ」  遥は上から俺のスマホを覗き込んできた。 「み、見んなよ…!!」  俺は咄嗟にスマホを隠す。 「何?やましいのでも見てんの?笑」 「見てない…!!」 「てかお前いつ降りんの」 「えっと、次の次…かな」 「あっそ」 「それだけかよ…!」  そして、俺は停車したと同時に近くの席へと腰を下ろした。 「遥は座らないの?」 「んー別に。立ってるわ」 「何で?隣空いてるのに」 「お前がどんな漫画読んでたのか覗きたいから」  遥は笑ってそう言った。 「だから何も読んでないっつーの!!」  ずっと会いたかった遥かに会えて、今目の前にいる。  サラサラで艶やかな髪、薄く額にかかる前髪から覗く綺麗なアーモンドアイ。  そして、俺は今座っているから遥を見上げている状態だ。なんで下から見てもイケメンなんだよ。ドキドキが止まらない。 (好きな人に会えた時ってこんな気持ちなんだ…遥に意地悪されるのでさえ嬉しく感じるって、俺どんだけ…) 「ほらお前次降りるんじゃねえの」 「えっ、もう!?」 「もうって…お前アナウンス聞いてた?」 「き、聞いてなかった…」 「馬鹿」  馬鹿、という言葉でさえ俺の胸はドキンと大きく音を立てる。 (な、なんでドキッとしてんだ俺…!?)  そしてまもなくこの電車は最寄り駅へと到着しようとしていた。  俺はここで、ふと漫画の内容を思い出した。 「あ、あのさ…!遥」 「ん」 「…LIME、交換しない…?」  俺は遥を見上げながら言った。 「…嫌だって言ったらどうすんの?笑」  遥は座っている俺にすこし顔を近づけつつニヤリと口角を上げながら俺を見た。 「へ、凹む…」 「ふーん…どうしよっかな」 「い、嫌だったらごめん…!ただ沢山話せて嬉しくて、もっと話したいな…って」 「別に嫌じゃねえよ。そんなにマジな顔すんなって。んなら交換しようぜ、駅つくぞ」  遥は意地悪そうに笑いながらも、スマホをポケットから取りだした。 「本当!?嬉しい…!!」 「超喜ぶじゃん。そんな交換したかった?」 「そ、そうだよ…!!」  あっ、つい言ってしまった。  遥は一瞬驚いた表情を見せたが、その後何も言わずにスマホのLIMEのQRコードを見せてくれた。  そして無事に遥とLIMEを交換することが出来た。 「遥ありがとう…!」 「ん。話すことないかもだけどな」 「ううん、交換出来て嬉しいよ」  そしてLIMEの交換を終えた頃、俺の最寄り駅へと電車が停車した。 「バイバイ、遥!」 「じゃあな」  遥はそう言って俺に手を振った。手を振りながらキュッと口角あげて微笑む顔にまたもやドキッとする。帰り際までずっとドキドキしっぱなしだ。  そうして後に、遥の乗った電車は俺の前を通り過ぎて行った。未だドキドキが収まらない。つい足を止めて立ち止まる。 (LIME…交換できちゃった…)  現実か夢か分からない。つい、ほわわんとした気持ちになる。  しかし、今の状態のまま余韻に浸っていては、何時間も何十時間もかかってしまう。  色々なドキドキが収まらないまま、俺はいつも以上に強くスマホを握りしめ、駅のホームを出た。
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