題「いのち」

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 顔つきが険しいので、実年齢よりすこし年上に見える男だ。だが、鼻筋が通り、全体的に涼しい顔をした美青年である。  人気もなく、みすぼらしい小屋のような住処だが、ここは高名な書家、和光大道(わこう たいどう)の一人息子、和光雅也(わこう まさや)の創作所兼住居だ。  雅也は28歳と若手ながら、書家として個展や本の装丁、書の販売などで活躍している。   雅也の元を訪れた新木ひまり(あらき ひまり)は23歳のデザイナーで、歴史小説の本の装丁を頼んだことをきっかけに、雅也の書のファンになったのだ。  仕事をしたことで、雅也のもとにもちょくちょく顔を出すようになった。 「先生、新木さんですよ」 「おう、あんたか。茶でも飲んでくか?」 「え、いいんですか?じゃあ、買ってきたお菓子、お茶うけにしましょう」 「おい、狛太。早く準備しろ」  雅也の手伝いをしている文治狛太(ぶんぢ こまた)は、はいっと勢いよく返事をすると慌てて台所へと向かった。 「お花好きなんですか?」  ひまりは雅也に話しかける。雅也は持っていたハサミで、簡単にバラの枝の剪定を始めた。 「自然っていうのは、一番尊ぶべきものだ。俺たちは自然に生かされてる。創作の手掛かりになるのはいつも山や花や生き物の息吹なんだ。だから、自分の手で育てたい」 「へぇ、素敵な心掛けですね」  ひまりは雅也の書を思い出した。暴れ狂うような大胆な筆遣いに、繊細なかすれぐあいの表現は、自然を敬うからこその雄大さなのかもしれない。
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