長岡英哉、15歳。

2/6
前へ
/6ページ
次へ
「通学は問題ないよ」  俺の家は世田谷区の端で、多摩川の近くにある。入学した芸術高校は新宿だから、電車を乗り継いで1時間以上かけて通っていた。  我が家は両親とも早起きなので、俺も同じように起きて早く家を出ている。そうすれば、極端な通勤ラッシュに巻き込まれない。 「それならよかったわ。友達はできた?」 「うん……多分」 「多分?」 「今日は席替えがあって、隣になった人と話したんだけど……無口で無表情だから、俺のことをどう思っているかは分からなくて」  俺自身は浅尾に好感を抱いているものの、浅尾のほうはどうだったのだろう。  呼び捨てでいいと言われたから、嫌われてはいないと思うけれど、表情が動かないと感情も読めない。 「今度、米をお裾分けしてあげたらどう? その子、家はどこなの?」 「わ、分かんない。会話らしい会話は、ほとんどしていないから……」 「それなら、ウチへ遊びに来てもらいなさい」 「それは……ハードルが高そう……」 「あら、家が遠いの?」 「だから、どこに住んでいるのかは、分からないって」  母は、人の話をあまり聞かない。  それでもサービス精神が旺盛で底抜けに明るいので、父が勤める税理士法人では、名物事務員として知られているらしい。 「仲よくなるには、まずお互いを知らなくちゃ。その子が無口なら、こっちからどんどんいきなさい。自分から心を開かなくちゃ、相手だって開いてくれないでしょ」 「う、うん……」  頷いたものの、若干不安だった。  俺には母のような対人スキルがないし、どちらかというと口下手なほうだ。相手が浅尾でなくても、クラスメイトといい関係を築ける自信は、あまりない。    こちらから話しかけるとしたら、どんな話題を振ればいいのか。  翌朝、電車に揺られながら考えてみたものの、なにも思い浮かばなかった。  いつものように職員室で鍵を受け取り、誰もいない教室へ入る。    しばらくするとクラスメイトたちがちらほら登校してくるけれど、浅尾が来るのはいつもギリギリだった。  ゆったりとした動きで自席へと座る浅尾の顔は、半分寝ているようにも見える。   「浅尾、おはよう」 「はよ……」  かろうじて聞き取れるくらいの、小さな声。もしかして、寝不足? 「大丈夫? 寝不足?」  話しかけたものの、浅尾は正面を向いて目を閉じたまま、微動だにしない。  あれ、寝ている……? 「あ、浅尾。もうすぐ、ホームルームが始まるよ」  軽く肩を叩くと、薄っすら目を開けてこちらを見た。 「苦手」 「え?」 「朝、苦手」  ぼそぼそと浅尾が言う。  なるほど、朝に弱いのか。その割には、髪型とか洋服とかはびしっとしているんだけど。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加