私を口説けません!

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 涙が頬を流れてきた。  次から次へととめどなく。  声を出して泣きたい。  だけど誰にも気づかれたくない。  なんでこんなにも悲しいんだろう。  〝ひなみ〟は勘づいている。  私がじょうを乗っ取っていること全部を分かっていなくても、目の前のじょうが本物じゃないことを。  それはつまり、私がじょうを乗っ取っているうちは、〝ひなみ〟とは結ばれない、ということを意味していて。  声を押し殺して、溢れ出る涙を必死に手で拭う。  私は実らない悲しさだけで、こんなに泣いてしまうんだろうか。  違う気がする。それだけじゃないと思う。  私は、私じゃない、本物のじょうに振り向いてほしいんだ。  本物のじょうだから好きなんだ。  本物のじょうじゃなきゃダメなんだ。  やさしくて、気遣いができて、機転が利いて、スマートで、しっかり者で。  自分の意見をちゃんともっていて、相談にものってくれる。  じょうの好きなところなんて、たくさん挙げられる。  私にはないものばっかりもっているじょうに惹かれたんだ。  私の空想のじょうじゃ違う。  私が演じるじょうじゃ、どれも足りない。  どうしてかな。  とっても悲しいはずなのに、どこか嬉しいような安心した気持ちもあるのは。  そのとき、右の太ももがスマホのバイブで震えた。LINEがきたときの震え方だった。  ズボンのポケットからスマホを取り出し、確認する。  送り主は『れい』だった。  おはようとおやすみ以外で連絡がくるなんて。 『8/8、そっちに帰ることにしたから、会おうね。記念日だし』  このメッセージで、『れい』の正体を悟ることは容易に可能だった。 「なんだ…… いるんだ恋人…… ははっ、そりゃそうだよね。あんな素敵な人だもん、いるよね、やっぱり」  落ちついたはずの涙が数滴、また頬を伝った。  『れい』に返信をするのはやめた。  そろそろ〝ひなみ〟のところへ帰らなければ、余計に怪しまれてしまう。  最後に一つだけ、わがままを叶えさせて。  そう心で願って、私はじょうの体を力いっぱい抱きしめた。  大好きだよ、じょう。
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