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挿話3 癒されたいトラヴィス王子
「コンラッド殿。此度のフバーツカとの戦争回避の件、王族として誠に感謝する」
「いえ、フバーツカがそのような事になっていた事を察知出来ておりませんでした。今回は単に運が良かったのだと思います」
「いや、その豪運もコンラッド殿が持ち合わせたものであろう。引き続き、この地を宜しく頼む」
辺境伯を勤めるコンラッド殿のおかげで戦を回避出来たが、フバーツカに潜ませている密偵から報告を受けた時は流石に肝が冷えた。
普通は戦を仕掛けるとなれば、事前に食糧や武具を大量に集めるものだが、そういった動きなしに……逆に言うと、そういった資源を集める資金が無い程の状況に陥っているという事だからな。
「ところで、この街では排水を綺麗にして河へ流しているという事だが、どのように実現しているのだろうか」
「専任の研究員が日々研究に研究を重ねた結果ですな。一概に述べるのは少々難しいのです」
ふむ。まぁただでは教えぬか。
これは想定通りだ。来ていきなり研究内容を寄越せと言われて、従う者はいないだろう。
何度か訪れ、協力してもらわないとな。
そう考えながら、今回の戦争回避の褒美を渡し、コンラッド殿の屋敷を出ると、すぐに僕の右腕であるカイルが話し掛けてきた。
「トラヴィス王子。お疲れ様でした」
「いや、今回は父の代わりに褒美を渡しに来ただけだからな。大した労力ではないよ」
「ところで、この街の情報を集めたのですが、幾つか気になる事があります」
カイルが気になる事か……何だろうか。
カイルはあまりそういう事を言わないのだが。
「この街の情報を集めたところ、聖女と呼ばれている女性がいるようです」
「なっ……聖女だと!?」
「はい。馬車に轢かれて頭から流血している子供を一瞬で治した。階段から落ちて骨を折った老人が即歩けるようになった。魔物に襲われて腕を失った農夫の腕を数秒で再生した……などという話を聞いております」
「……それが本当ならば、大変な事になるのだが」
「私自身の目では見ておりませんが、複数人が直接……それも目の前で治癒魔法を使っているのを見たと言っているそうです」
これは……本当なのだろうか。
回復力の高い子供の怪我ならば、イザベラでも治せる。
だが、回復力の衰えた老人の怪我を治したり、失った腕を治すなど、イザベラには絶対に出来ない。
「信憑性がかなり高い……のか?」
「はい。無作為に老若男女問わず聞き込みをしておりますし、先程の三例については、治癒を受けた本人からも話を聞けており、嘘を言っている様子ではなかったそうです」
「では、聖女を騙った不敬罪の類では……」
「聖女と言われる当の本人は、聖女ではないと否定しているそうです。治癒魔法の奇跡を見た街人たちが勝手に聖女と呼んでいるのかと」
カイルによると、不敬罪にあたる事を理解し、聖女と呼ばれたくなさそうにしているが、それよりも傷付いた者を放っておく事を避けたいのではないか……という話だが、それこそ真の聖女ではないだろうか。
こう言っては何だが、治癒魔法をあまり得意としてあなさそうなイザベラよりも、よっぽど聖女らしい。
「その女性の名は?」
「それが治癒魔法を使うと、対価もとらず、名乗りもせずに去っていくそうです」
「……」
「……高価な装飾品を勝手に購入し、国民の血税を浪費する、どこかの聖女とは大違いですね」
「……その者の容姿は?」
「小柄ですが、かなり長い綺麗な金髪の女性との事でした」
何故だろうか。
行動と容姿を聞いて、アルマ嬢の顔が浮かび上がってきた。
最近はウォレス家に行っても、アルマ嬢の姿を見る事が出来ていない。
一目見られるだけでも癒されるのだが。
まぁ、日々イザベラのあまり意味のない話に付き合わされているので、そういう意味では今回の公務で王都から離れられたのは僥倖だな。
……本当に、どうしてイザベラではなく、アルマ嬢が聖女ではないのだろうか。
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