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挿話4 疲れているトラヴィス王子
「カイル……その聖女の事が気になる。予定を変更して、この街で一泊出来ないだろうか」
「トラヴィス王子。お気持ちはわかりますが……」
「しかし、その治癒能力の話が本当であれば、一度この目で確認しておきたいのだが」
何かあった時……有事の際に協力な治癒魔法が使える者が居るというのは、安心感が違う。
疑っている訳ではないが、正確な情報を掴んでおきたい。
「うーん……確かに治癒能力が本当にせよ、聖女を騙る偽者だとしても、優先度は高い気もしますね」
「うむ。確か、次は王都で武術大会の観覧だったはずだから、大臣あたりに代わってもらえば良いだろう」
「確かに。治癒魔法が本物ならば、是非王都へお越しいただかなれれば」
「いや、それは本人の意思次第だ。勿論、その力が本物で、王都へ行きたいと言うのであれば、僕の客として王宮へ招くが、無理強いはダメだ」
仮に能力が本物であったとしても、この地に居る理由があるはずだ。
ひとまず、カイルも納得したので、この街で一泊する事にしたのだが、流石に事前連絡無しに領主の屋敷へ泊めてくれ……などと非常識な事は言わない。
身分を隠し、街の中にある普通の宿で一泊した。
そして翌朝。噂の聖女とやらを実際に見てみたく、朝から街の大通りをカイルと共に歩いている。
だが、聖女らしき金髪の女性は一向に見あたらない。
「……ふむ。そう都合よく聖女は現れないか」
「では、私がその辺りにいる者を斬ってみましょうか」
「カイル……流石に冗談でも、言って良い事と悪い事があるぞ」
「いえ、斬るのは悪しき者だけですよ」
なるほど。僕を狙う者が居るという事か。
だが、だからと言って目立つ真似はしたくないし、何より聖女がその悪党を治癒しまったら、扱いに困る。
王族を狙う悪人に加担したとも取れてしまう為、最悪投獄しなくてはならなくなってしまう。
「……余計な事は考えずに、普通に捕らえるぞ」
「……という事は、相手次第では斬りますよ」
カイルと小声でやり取りをし、視線を感じた先……右手の路地へ向かって、何気ない様子を装って近付いていく。
そろそろ……という所で、カイルが駆け出したので、その後を追う。
奴らは……剣を抜いてしまったか。これでカイルの正当防衛が成り立つ。
当然、その辺のゴロツキが近衛騎士であるカイルに勝てる訳もなく、剣を弾き飛ばされる。
「くっ……」
「逃げられると思うな」
逃げ出した男にカイルがあっさり追いつき、脚を斬ろうとしたところで、女性の声が聞こえてきた。
「草魔法……捕縛」
「新手かっ! だが私に……え?」
地面から突然草が生えて来たかと思ったら、凄い勢いで蔓が延び、カイルに追われていた男を縛り上げてしまった。
「騎士さん。もう逃げないでしょうし、抵抗もしないでしょうから、無駄に傷付けないでください」
そう言って、女性が姿を消す。
しかし、路地からではシルエットしか見えなかったが、あの小柄で長い髪と、あの声は……
「トラヴィス王子。向こうにも男が倒れています。おそらく仲間なのでしょう」
「弓使いがいたのか。カイルは矢で射られても防ぎそうだけど、僕は危なかったね」
「御謙遜を。とはいえ、僅かでも危険を減らせたのは良かったと思います」
カイルの声で我に返り、大通りへ戻って衛兵を探す。
ゴロツキを兵士に引き渡し、先程の女性を探すが……王都程ではないにせよ、大きな街なので見つからない。
「カイル。先程の女性が聖女だったのだろうか」
「わかりません。ですが、少なくとも草魔法を使いました。代々の聖女は治癒魔法を含む、光魔法に特化した存在。聖女を騙る……というか、街の者から聖女と呼ばれてしまっているだけかもしれませんね」
「つまり、治癒魔法も何かの勘違いという事か?」
「魔法ではなく、薬学などかもしれませんね。街の者からすれば、治癒魔法か治癒薬かの違いに、大した意味はないでしょうし」
カイルの言う、薬師が聖女と呼ばれているだけだ……というのは分からなくもない。
ただ、神の治癒薬と言われるエリクサーなどであればわかるが、少し腕が立つ程度の薬師が作った薬で、瞬時に怪我や骨折が治るだろうか。
ましてや、失った腕が再生するなど、有り得ないだろう。
「カイル。先程の女性の容姿と声が、アルマ嬢にそっくりだったのだが」
「アルマ嬢? ……あぁ、イザベラ嬢の姉ですか? ですが、王都からここまでどれ程距離があるとお思いですか? 他人の空似かと」
「うぐ……まぁ、そうか。忘れてくれ」
「それよりトラヴィス王子。そろそろ出発しないと、翌日の公務にも支障が出ます。こちらは、代役が利きませんよ」
ひとまず聖女について、カイルは治癒魔法の使い手ではないと結論付けたようだが……僕としては、もう少し調べたい。
しかし時間がないのも事実なので、帰路に就く事にしたのだが……
「アルマ師匠ーっ! 俺に魔法を教えてくださいっ!」
「か、カイルっ! 今、アルマと……」
「トラヴィス王子。名前が同じだけですよ」
遠くにアルマの名を叫ぶ声が聞こえた気がして、カイルに呆れられてしまった。
再び王都に向かおうとして……
「アルマ先生っ! 今日こそ、うちの学校で授業を! もちろん私にも教えてっ!」
「今っ……」
「トラヴィス王子……もしかして、かなりお疲れなのですか?」
再びアルマ嬢の名前が聞こえた気がして、カイルに心配されてしまった。
うん。やはり疲れているのかもしれない。
王都へ戻ったら、あえてイザベラが居ない日を狙って家に行き、アルマ嬢に話し相手になってもらおう。
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