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挿話7 アルマを癒したいトラヴィス王子
アルマ嬢が居る可能性の高い、コンラッド殿の屋敷へ馬車を向かわせる。
勿論、馬車よりも馬で駆けた方が速いのだが、今回の最終目標は傷心のアルマ嬢を癒し、王都へ帰れるようにする事だ。
その為、馬よりも馬車の方が適しているだろう。
それに、この馬車を引く馬たちには、少しだけ僕の力を使用している。
きっと、馬だけで走らせた時と、同じくらいの速度が出ているはずだ。
「……しかし、無理矢理オイゲン皇子に嫁がされそうになり、家を出る程傷付いたアルマ嬢を癒すには、どうするのが最善なのだろうか」
「私には何とも言えませんが、イザベラ嬢と同じで良いのではないでしょうか?」
「うーん。イザベラを癒さなければならない時というのが思いつかないな。イザベラはアルマ嬢と違って図太いからな」
「では、そうですね……例えば、先日のパーティの件などは?」
「パーティ? ……あぁ、何故かアルマ嬢を婚約破棄すると言ってしまった時か」
あの時は、普段ならイザベラの機嫌が悪くなりそうなものだったが、何故かそういった変化が見られなかった。
ただ、どうしてアルマ嬢を婚約破棄と言ってしまったのかは、未だに自分でも分からない。
アルマ嬢が僕にとっての癒しである事は事実だが、婚約者だと思った事はないし、仮に婚約していたとして、その婚約を破棄するなど有り得ない。
イザベラとの婚約破棄なら歓迎するが。
「……そういえば、あの後イザベラからは高価な装飾品をねだられたな。というより、普段から事ある毎に何かを買わされている気がする」
「では、アルマ嬢も同じで、何か高価な物を贈るのが良いのでは?」
「いや、アルマ嬢にはそのようなイメージが湧かないのだ」
アルマ嬢が着ていた服はイザベラのような派手なものではなかったし、先日のパーティでも決して派手ではなく、控えめなドレスを着ていたのを覚えている。
「それは……王子と婚約し、聖女に選ばれたイザベラ嬢と差をつけられているのでは?」
「ウォレス家でのアルマ嬢の扱いが酷かったという事か?」
「あのオイゲン皇子へ嫁がせようとする程ですので」
なるほど。カイルの意見も一理ある。
真に娘の事を大事に思っていれば、幾ら貴族や王族であれども、オイゲン皇子に嫁がせようとは思えないのだが。
「イザベラ嬢とアルマ嬢は血の繋がった実の姉妹で、異母姉妹などでもなかったはずです。そういう価値観などは、近しいのではないでしょうか」
「わかった。では、イザベラが買ってくれと、言いそうな物を買って持っていこう。カイル、いつも呼んでいる商人の店はわかるか?」
「えぇ。有名な商会ですので。ご案内します」
いつもは王宮まで呼んでいるので、店に直接行くと物凄く驚かれたが、流石というか、主はイザベラの好みをよく分かっている。
普段イザベラにねだられる装飾品などのワンランク上の物をその場で買い、コンラッド殿の屋敷へ。
「事前に連絡も無く訪問してしまい、申し訳ない」
「いえ、お気になさらず。それよりも、本日は何やらお急ぎのご様子ですが……」
「あぁ。単刀直入に聞こう。こちらの屋敷に、アルマ嬢が来ているな?」
「…………はい」
少し長い間の後に、コンラッド殿が認めた。
やはりアルマ嬢はここに居たんだ!
だが、今のアルマ嬢は傷付き、家から逃げて来ている。
今すぐ会わせて欲しい! という言葉を何とか飲み込み、これからの事を話そうと思うのだが……コンラッド殿が物凄く渋い表情を浮かべていた。
これは……出来れば、すぐにでもアルマ嬢を王都へ連れ帰ってあげたたかったが、流石に無理か。
「あぁ、勘違いしないで欲しい。僕はアルマ嬢をどうこうしようという訳ではないのだ。その……彼女の最近の様子を教えてくれないだろうか」
「……最近は魔法の研究に熱心ですね」
なるほど。家を出た悲しみを魔法の勉強にぶつけているという訳か。
……あっ! 魔法! 魔法か。この事を確認しておかなければ。
「時に、コンラッド殿。アルマ嬢は、我が宮廷魔道士たちと話が出来る程に、魔法の知識を有しているな?」
「そ、それは……はい」
「少し耳にしたのだが、コンラッド殿の孫娘が聖女と呼ばれているそうだが、それはアルマ嬢の事で間違いないな?」
「お、お待ちくださいっ! た、確かに街の者がアルマの事を聖女と呼んでいるという話は聞いております。ですが、決してアルマが聖女の名を騙ろうとした訳ではなく……」
「わかっている。アルマ嬢はそのような事はしないだろう」
元より博識なアルマ嬢だ。怪我人を見れば薬学の知識を用いて怪我を治し、魔物が現れれば街の者の為に全力で討伐する。
だが、街の者にからすれば、直接自身を助けてくれる怪我を治す知識の方が話が広まり易いが為に、聖女と勝手に呼ばれる事になってしまったのだろう。
困っているアルマ嬢の様子が目に浮かぶようだ。
「コンラッド殿。次は事前に伝令を送り、日を改めて正式にアルマ嬢へ訪問させていただく」
「はっ! 畏まりました。しかしながら、どのような御用件で……」
「それは、察してもらいたい。二人きり……とは言わないが、最小限の人数で対話させてもらいたいものだ」
僕がどれだけアルマ嬢を癒す事が出来るかはわからないが、出来る限りの事はさせてもらいたい。
だが、正式に時間を取ってもらうように依頼したので、アルマ嬢は少し構えてしまうはず。
その上、傷ついたアルマ嬢を励ましに来る……などと言えば、ただでさえ構えているであろうアルマ嬢を、更に緊張させかねない。
当日にさりげなく話を切り出す為にも、今は目的は言わない方が良いはずだ。
「ひ、ひとまず承知致しました。アルマが戻って来たら、お伝え致します」
「頼むよ。あぁ、そうだ。最後に……今日はアルマ嬢へ心ばかりの品を持って来ている。これが、少しでもアルマ嬢の支援になれば良いのだが」
「こ、これは……!?」
「僕の気持ちだ。では、一旦今日は王都へ帰るよ」
あぁ、アルマ嬢。出来ることならば、一目見て帰りたかったけど……君がここに居て、心を癒しているという事がわかっただけでも来た甲斐があった。
出来るだけ早く来られるようにするからね。
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