第32話 婚約破棄

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第32話 婚約破棄

「あの、こんなむさ苦しい場所で、申し訳ありません」 「いえ、お気遣いなく」  騎士団の詰所の応接室に通され、待つ事暫し。  扉がノックされ、カイル様が入ってきた。 「アルマ嬢……お待たせ致しました! こちらへ来てくださっていて、助かりました。至急お伝えしたい事がありまして」 「カイル様。私もお聞きしたい事がありまして、お会い出来てよかったです」  カイル様が部屋を見渡し、暫くお茶の相手をして下さっていた女性騎士さんが部屋を出ていく。  二人きりになった所で、カイル様が口を開く。 「アルマ嬢は、現在トラヴィス王子が謹慎状態にある事をご存知でしょうか」 「えっと、イザベラとの婚約を破棄したから……と聞いておりますが」 「その通りです。この件につきまして、トラヴィス王子がアルマ嬢へ直接話したい事がある為、謹慎解除まで少し待っていて欲しいと言伝を預かっております」  トラヴィス王子が直接伝えたい事? 私に?  イザベラに婚約破棄を言い渡したものの、実はお父様に伝わっていないとか? だから、代わりに私から伝えて欲しい……いや、流石にそれはないよね?  とはいえ、トラヴィス王子が直接伝えたいと言っている以上、この話については聞く事は出来ないだろう。 「では、私も聞きたい事があるのですが、どうして突然婚約破棄をされたのか、もう少し詳しく教えていただけないでしょうか。トラヴィス王子様とイザベラの仲が悪かったのでしょうか?」 「そうですね……残念ながら、良いとは言えないかと」  なるほど。お爺様が言っていた通りで、トラヴィス王子の気持ちが原因なんだ。  イザベラは……きっとトラヴィス王子を愛していると思う。  幼い頃から、私はトラヴィス王子と結婚すると言っていたし、幼い頃から教わってもいない光魔法が使えて、特別な子……聖女候補と呼ばれ、婚約に至った時は、「ほら、言った通りでしょ?」と嬉しそうにしていた。  誕生日パーティーの時だって、トラヴィス王子がお祝いに来てくれたと言って、綺麗な宝石をプレゼントしてもらい、あんなに喜んでいたし。  ……イザベラの想いが、トラヴィス王子に届かなかったのだろうか。 「詳しく……というお話ですと、ひとまず経緯としては、先日ムラスゾムの街へお伺いさせていただいた後、王都へ戻ってすぐにトラヴィス王子が国王陛下へ話を切り出されました」 「ですが、聖女との婚約を破棄するというのは、かなり大きな話になってしまいますよね?」 「えぇ。そのため、まずは国王陛下や他の王子……つまりは、王族だけに相談したそうですが、全員から否定されてしまったそうで」  カイル様によると、イザベラとの婚約破棄は承諾できないと国王様が仰ったらしいけど、トラヴィス王子が受け入れず、貴族たちの集まるパーティーで、一方的に宣言したのだとか。  数ヶ月前に、私が誤って婚約破棄を言い渡された時のように。 「もちろん、今回は誤りではありません。宣言後、イザベラ様が慌てて確認し、念押しされておりましたので」 「そうですか……イザベラの様子はいかがでしたでしょうか?」 「パーティーの場では冷静を装っておられました。引きつった笑みを浮かべながら、父親と共に退場されています」  流石にイザベラでも、その場に留まったりはしないか。  けど、その場では悲しみが勝つけれど、イザベラの性格から考えて、後から怒りが込み上げてくるのだと思う。 「トラヴィス王子の宣言によってパーティどころではなくなり、解散となったのですが……王宮の警備を担っている者たちが、会場を後にするイザベラ様の意味不明な言葉を聞いております」 「意味不明な言葉……ですか?」 「はい。ひとまず、聞いていた者たちの証言を繋ぎ合わせ、発言通りに記したのがこちらなのですが……アルマ嬢はこの言葉の意味がわかりますか?」  そう言って、カイル様が懐から一枚の紙を取り出す。  そこに書かれているのは、全てイザベラの恨みがましい声だったらしい。 ――なぜっ!? 私は上手くやった! 全てのイベントを主人公より先にこなし、聖女にもなった! なのに、原作に無いイベントばかり! どうしてアルマが闇魔法使いとして捕まらないの!? そうだ、全てアルマが悪いんだ! あの女のせいよ! バッドエンドを迎え、世界が滅びるのもあの女のせいなのよっ!――  どういう意味だろうか。  イベント? 主人公? 原作?  イザベラが聖女になった……という事と、私を闇魔法使いにしたかったのだろうというのは分かる。  だけど、バッドエンドとはどういう意味なのだろうか。 「今だから申し上げますが、アルマ嬢を闇魔法使いだと告発していたのはイザベラ嬢です」 「そう……なのですね」 「えぇ。そして、何人に聞いても、イザベラ嬢が話していたのはこの通りでして、支離滅裂な事ばかりなのです。世界が滅びるというのは、妄想にしても穏やかな事ではなく、何かしでかそうとしているのではないかと」 「なるほど。誠に申し訳ないのですが、私もこの内容はわかりません」 「そうですか。ですが、イザベラ嬢がアルマ嬢を逆恨みしているようにも思えますので、お気を付けください。ご自宅までお送り致しますが、王都の御実家と、ムラスゾムのお屋敷……どちらが宜しいでしょうか」  お爺様のお屋敷へ戻ろうと思うけど、空間転移魔法の方が早いので、ひとまずカイル様に実家まで送っていただく事にした。
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