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挿話1 トラヴィス第三王子
執務室で大量の書類に目を通していると、僕の右腕である騎士、カイルが入ってきた。
「トラヴィス王子。例のアルマ嬢の件です。昨晩、騎士団にて魔道具を用いて調査した結果、アルマ嬢は闇魔法使いではありませんでした」
「そうか……わかった」
アルマ嬢が闇魔法使いではなかった……分かっていた事ではあるが、正式に調査結果が出て安堵する。
何度か話した事がある程度だが、あの聡明な女性が禁忌とされている闇魔法などに手を染めている訳がないと思っていたので、疑いが晴れて本当に良かったと思う。
「それで……この事はウォレス家には?」
「疑惑が晴れた後、騎士の一人が家までお送りし、その場でウォレス卿へ報告しているとの事です」
「そうか。では、今頃は情報提供者にも結果が伝わっている頃だろうな」
「おそらく」
さて、イザベラ嬢はどうするだろうか。
これまでと同様に、また無茶な難癖を付けるのだろうか。
今回はアルマ嬢が闇魔法を使うと言われ、確認出来る内容なので、実際に確認させるしかなかった。
前回のアルマ嬢が魔王を召喚しようとしているという話や、その前の国王を呪い殺そうとしているという話は確認のしようがなく、一笑に付すしかなくて、流していたのだが……。
「イザベラ様は聖女に認定され、この国を守る象徴となりました。もう少し、ご自身の発言の影響力をご理解いただけると助かるのですが……」
「そうだな。また機を見て伝えておこう」
イザベラ嬢は、何かと実の姉であるアルマ嬢を貶めようとしている。
これは姉妹で仲が悪い……というより、僕のせいだろう。
光魔法の神童と言われていたイザベラ嬢と婚約する事になった際、近くにいた姉のアルマ嬢に一目惚れしてしまった……という僕の秘めたる想いに、イザベラ嬢が気付いているのだ。
アルマ嬢が国民から聖女と呼ばれる程、光魔法に長けていれば……いや、この際、薬学でも医学でも構わない。
あの博識なアルマ嬢が癒しの力に興味を向け、何かしらの実績を上げてくれれば、すぐにでも迎えに行くのに。
「失礼します。トラヴィス王子。聖女イザベラ様がお会いになりたいと、来ているそうですが、いかが致しましょうか」
「……またですか。そろそろイザベラ様にも、事前に約束をしてから来るという事を覚えていただきたいのですが」
「だが来てしまったものは仕方あるまい。キリの良い所で切り上げて、向かう事にするよ」
ノックと共に入ってきたメイドさんに返事をすると、カイルと会話しながらも目を通していた書類の束を置き、カイルと共に応接室へ。
「だからぁ、前にも言ったわよねぇ? 甘さがクド過ぎるのよ! もっとスッキリとした甘味を感じるケーキを作れって!」
「も、申し訳ありません」
「だいたいねぇ……あっ! トラヴィス様ぁ!」
いつものように、応接室の外までイザベラ嬢の怒声が聞こえてくるが、僕やカイルの前では態度を豹変させる。
イザベラ嬢はメイドさん一人では対応しないように言っておいたのだが……朝の忙しい時間帯に約束無しに来たから仕方がないのか。
後でこのメイドさんを労っておかなければ。
「イザベラ。前にも言ったが、公務があるので来る時は事前に連絡してもらいたいんだ」
「まぁ……私ったら、ごめんなさい。どうしてもトラヴィス様に急いでお会いしたくて」
はぁ……いつもこれだ。
……って、カイル。矢でも射るかのような刺すような冷たい視線はやめてあげてもらいたい。
気持ちは分かるが、イザベラ嬢は聖女様なんだ。
「イザベラ。それで、どういった用件なんだい?」
「あのねー、お父様から聞いたんだけどー、あの闇魔法使いについて、騎士団の調査が誤っているって聞いたからぁ……」
「イザベラ様。失礼ながら、騎士団の調査に誤りはございません。アルマ嬢が闇魔法を使ったという形跡は一切ありませんでした」
流石に今の言葉は聞き捨てならなかったようで、カイルが口を挟むと、イザベラの顔が歪み、カイルを睨みつけるが、すぐに笑みを浮かべる。
「トラヴィス様ー。カイル様が怖ーい!」
「ただ事実を述べただけですが」
「そんな訳ないわ! 私が……聖女である私がこの目で確かに見たんだもの。あの愚姉が……アルマが闇魔法を使う所を」
「ほぅ……では、具体的にどのような魔法を使っていたのですか?」
「魔族の召喚よ。あの女は魔族を使役し、トラヴィス様を殺そうとするの」
魔族は、魔王の直属の配下で、世の中にいる魔物よりも更に凶悪な存在なのだが……
「ふむ。何故、イザベラが魔族の事を知っているんだい? 魔族の情報は国家機密だし、最後に現れたのは五百年前だけど」
「そ、それは……トラヴィス様が教えてくれたじゃない。忘れちゃったの?」
「それはいつの事だろうか。僕がイザベラに国家機密を漏らした事は一度も無い。それに、アルマ嬢が魔族を使役して僕を殺そうとする……って、まるで未来でも見てきたかのような言い方だけど?」
「そうよ。私は聖女の力で未来が見えるの!」
あぁ、これは後に引けなくなったのか。
イザベラとしては、どうあってもアルマ嬢が闇魔法使いでないと困るらしい。
暫く魔王だの、国家転覆だのと喚いて、カイルにつまみ出された。
……疲れた時は、イザベラへ会いに行く振りをして、アルマ嬢の所へ行くのだが、流石に今は行けそうにない。
何か僕を癒してくれる事はないだろうか。
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