百歳からのファンタジーみたいな終活。異世界転生を止めた天才剣士

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  百歳になった今でも綺麗でいたいのが女性。  私は病院のベッドに寝ている。とっくに、病院の薬の匂いや陰気臭さに慣れてもいる。  孫娘が結婚する話を聞かされて、赤ちゃんのころを想像していると、柔らかな声が響く。 「手羅城小百合(てらじょう さゆり)さん。天寿をまっとうしそうじゃな。どうだ、地位と名誉を残そうか」  声は直接に頭へ届く。いよいよ幻惑されたか。これも生きてるうちの楽しみだろう。 「私も若いころから剣道一筋で、少女剣士と呼ばれるほど有名になった。それ以上は望まい。あなたは閻魔様か、それとも悪魔の取引をしたいのか」  剣道で精神的に鍛えられたと思っていたが、まだまだ、未熟と思う。この戯言は、恋や遊びを押さえられた青春時代の幻想世界への興味が抑えられなくなってもいた証拠なのか ?   声の相手は考えるふうな呻きを漏らす。あんがい自分の正体を知らないのかも。 「そのすべてかな。西洋では最後の審判とも呼ばれる現象じゃ」  そうきたか。目に見えない大きな存在と自負しているようだ。  剣道で精神修行はした。だから、現実の今が大切なのも分かる。あの世とか、別の世界など有りえないと思う。商売目的のシュウキョウも目障りなだけ。 「そういう類は信じないねー。孫娘は異世界転生とかの小説に夢中だが。ファンタジーの夢物語だろう」  声の主はちょっと笑う。神々しさは微塵も感じられない。 「もう、夢見る少女でいられないかな。欲のない人だ。もう一度、若さを取り戻したくはないか」  永遠の命、若さ。  特に女性としては綺麗なままでありたい。 「そうだねー。この身体が動けば、と気持ちは逸る。悟りには至れないものだ」  だから、潔く終活を受け入れるつもりだ。 (だって。全身サイボーグでは、今の技術じゃ不便)  女性として、絶対いや。  声の主は、何かを理解したようにうなづくような相槌。 「生命力が強いんだ、精神的にも。ちょうど異世界に空きができる。どうだね。異世界転生でやり直したくはないか」  本気で言ってるらしい。孫娘の話では、あれこれ事件があり戦うらしい。それは若いころ経験してしまった。 「剣道で、負けた悔しさや、勝っても切ない状況を経験した」  人は冒険やスリルに憧れもするはずだが、平凡に生きる道を選ぶ。だから、映画や小説では刺激的なストーリーが人気もあるだろう。私は経験した事だと満足もしていた。 「恋をしたり、無茶をしたり。少女時代をやり直しながら逝くのが最高の締めくくりと思うが」  声の主は、私の思いを感じ取ってもいるようだ。たしかに、夢見る少女に憧れはあった。 「それは幸せかもねー。でも。残した家族や剣道の行く末も心配」  意識だけの残る先祖が見守る話は聞いたこともあるが、生きている者の慰めで、そう言うのだろう。  声の主は、あり得る、と肯定した。先祖崇拝の考えは今も残る。だから、現れたのだろう。 「それでは、雲の上から下界を眺める未来を選択しますか」  それも夢の出来ごとなら、一番に納得できる。  そろそろ、目に見えない世界を認める年齢にでもなったのだろうか。 「そうしようかねー。うん、なにか楽にはなる。自分の心を癒すための、あの世か」  私は、今まで世話になった方や、好きな剣道の未来を見届けたい。    
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