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もう、何も残っていなかった。カーテンも外され、淡い月の光が窓から差し込んでいた。
「今日は、死ぬにはいい日・・かな。」
洋は部屋の主がいなくなって以降に、片付けに来る人達の手を煩わせないように、きちんと部屋の中をかたづけてあった。別に、何かあった訳では無かった。洋は、ただただ昔から、自ら命を絶った人物の報道に、強く心を揺り動かされていた。折角生きてるのに、何でそんなことをするのかと。いっそのこと、冷淡ではあるけど他人事と割り切ることが出来ていたら、彼自身、其処まで悩む必要は無かっただろう。しかし、何時の頃からか、
「自分は天寿を全うするするタイプでは無いのかも知れない・・。」
そんな感慨に見舞われて、いくら振り払おうとしても、希死念慮のようなものが拭い去ることが出来なくなっていた。そして、無駄に藻掻くよりも、存在するのなら、恐らくは死神であろう人知を超えた存在に誘われるがままに、抵抗せず、出来るだけ藻掻かずに、自身の生を終えようと、そう思うようになっていた。その頃には、心の中の葛藤はなりを潜め、最後の日が訪れるまで、力まず、淡々と暮らそうという、比較的穏やかな日々を過ごせるようになっていた。無論、そのまま生きていれば、もっと延命出来るかも知れないという淡い期待はあった。しかし、そういうものは、決して長くは続かないだろうと、目に見えない力で袖口を強靱に引っ張る死神の誘いは、常に感じていた。準備自体は全く難しくは無かった。手段もまた然りだった。ただ、決心が付かないと言えばそれまでだが、洋は何かやり残していることがあるように思えてならなかった。
「んー、何だろう・・。」
月明かりに照らされて青白い表情をしたまま、洋は腕実をしながら考え込んだ。もう既に、日頃から生きる意味合いは希薄であったし、別に些細なことが気になったところで、最早大したことでは無いはず。なのに、それを思い出してからで無いと、洋はどうしても次の、最後の行動に移れない、そんな感慨に見舞われていた。どれ程考え込んでいただろうか。月はすっかり消えてしまっていた。と、その時、
「あ、そうか。あのことがなかったら、オレはもっと早く、逝ってたかも知れなかったんだ・・。」
ようやく、洋は心の中に引っかかっていたことを思い出した。
二年ほど前のことだった。洋は毎月月末に懐が寂しくなるのを回避すべく、バイトに勤しむようになっていた。長く勤めるつもりは無かったのと、急場を凌ぐ程度で良かったので、職種は一切問わず、ただただすぐに見つかったバイトのみをこなす生活が続いていた。そんな中、とある荷物運びの軽作業を手伝っていた時のことだった。
「おい、時間が無いからサッサと運べよ!。」
軽トラの荷台から上司がしかめっ面で声をかけてきた。洋は今月分さえ貰えば、このバイトもじきに辞めるつもりだったので、心地良くない言葉を浴びせられても、淡々と働いていた。そんな中、同じように荷物を運んでいた人物がいた。それが芯だった。どんなに嫌な風に言葉を浴びせられても、何故か楽しそうにしている、少し背の高い人物だった。一頻り荷物を運び終えると、二人は休憩に入った。洋は路肩の縁石に腰掛けて俯きながら休んでいた。すると、
「はい。」
目の前に缶コーヒーが差し出された。
「あ、有り難う。」
「横、いい?。」
「あ、うん。」
背の高い人物は、少し距離を置いて、洋の横に腰掛けた。
「オレ、芯。このバイト、長いの?。」
「あ、うん、半年ぐらいかな・・。」
「そっか。ボクもその位だけど、部署が違うから会わなかったんだね。キミ、な前は?。」
「あ、オレ、洋。」
「よう・・か。よろしく。」
芯はにこやかにそういうと、自分の缶コーヒーを少し掲げて、挨拶した。二人はすぐに打ち解け、バイト終わりに近所のファミレスで食事をする程の間柄になっていった。陰鬱な性格の洋には、自分はこんな風に友達ガ出来ることなど、まず無いと思っていた。しかし、芯はまるで空気のように、洋の傍らにスッと近付いて、いつの間にか心地良い距離感で話すようになっていた。ある晩、二人はいつものように、仕事終わりに近所の公園のベンチに座りながら、缶コーヒーを飲んでいた。
「キミは何でこのバイトしてるの?。」
洋は芯が此処で働いている動機では無く、何故いつも楽しげな表情で荷物運びのような軽作業を続けられるのか、不思議で仕方無かった。
「特に理由は無いかな。ただ、やったことが無かったから。それだけ。」
そう答えると、芯はニコッと笑って缶コーヒーを飲んだ。
「楽しい?。」
洋はさらにたずねた。
「うん。どんな作業や仕事にだって、意味ってあるだろう?。でも、それが解らないうちは、誰しも不安だったり不慣れだったり、時には嫌にもなるけど、一旦、仕組みというか、そーいうのが解り出すと、何となく楽しくはなるかな。」
洋にとっては誰にでも出来る軽作業で、何の魅力も見出せなかったものが、彼にはまるで宝箱のように見えているんだと、そんな風に自身との違いを見せつけられたような気がした。
常日頃から暗く、誰からも疎まれているだろうと、自身の事をそんな風に思い込んでいた洋だった。それだけに、生き生きとした表情で日々を過ごしている人達とは、自ずと距離を置いていた。自分の不器用さを自覚したくないという一心で。しかし、芯は確かに生き生きとはしていたが、他の連中とは少し違っていた。
「あの、気に障ったらゴメン。」
芯は少し押さえたトーンで洋に話しかけた。
「何?。」
「何か、悩んでることとか・・あるの?。何となく、考え込んでるように、いつも見えるから。」
芯の洞察力に、洋はドキッとした。何でも無いと、誤魔化すことも可能だったが、その時の真の目つきが、透き通った光線のように、洋の心を直視しているようだった。しかし、洋はその眼差しが、何故か不思議と心地良かった。
「うん、悩んでるというんじゃ無くって、何ていうのかな・・、生きることに意味があるのかなって。オレ、変な人間だから、ついそんな風に考えちゃうんだ・・。」
洋は常日頃から抱いている、自身の虚ろな生を告白した。いや、自然と口をついて出てきた。それを聞いて、
「そっか・・。実は、ボクもそういう感覚というか、拭いきれない不安みたいなものは、いつも付きまとってはいるかな。」
意外だった。あんなににこやかに日々の作業を行っている芯が、まさか自分と同じような感慨の持ち主だとは、夢にも思わなかった。
「やっぱり、不安とかには、なる?。自身の生きたいって気持ちに反して、自分で死を選んでしまうかも・・とか。」
洋はいつのまにか距離を詰めつつ、芯の真横に座って、話を聞き入っていた。
「うん・・、確かに、自分がそうなっちゃうかも・・って考えると、怖いかな。でも、当たり前のことだけど、自分が何時、どんな風に死ぬのかなんて、誰にも解らないだろ?。そういうのが解ってからは、そのことに気を止めるよりも、生きてる時間をちょっとでも面白いことが見出せないかな・・って、そう考えるようになったかな。」
「それが仕組み探しなんだ!。」
芯が言葉を終えると同時に、洋は自身の言葉を発した。何か解らなかったが、洋は途轍もなく嬉しい気持ちが湧き上がってきた。
「ところで、キミは何時まで此処で働くの?。」
芯の言葉で有頂天になっていた洋だったが、芯の質問に、急に冷や水を浴びせられたようになった。こんなに気心知れた人物が現れたのに、今度の給与をもらったら、此処をおさらばするつもりであることを、急に思い出したからだった。もっと彼と居たい。もっと一緒に語らいたい。そう思いつつも、
「キミは?。」
と、洋は何気に聞き返してみた。すると、意外にも、
「うん、ボクは次の給与を貰ったら、他の所にいくよ。」
芯はアッサリと、そう答えた。彼のことを引き止めて、もっと一緒にと、そう思いつつも、自分自身も早々、此処を離れるつもりでいたのもあって、もう少しここに残って一緒にとはいい出せなかった。きっと彼は、もっと色んな世界を渡り歩いて、色んな仕組みを見つけて、生を謳歌するんだろうなと、洋はそう思った。
「そっか・・。実はオレも、次の給与貰ったら、辞めよって、そう思ってるんだ。」
残念な気持ちを抱きつつも、自分たちは、偶然バイトで出会った仮初めの間柄、そんなのに過ぎないという口ぶりで、芯に語った。すると、芯はフワッと洋の肩の上に手を置いて、
「じゃ、それまでの間、まだまだ会えるね。」
そういいながら、洋を見つめてニコッと笑った。此方の残念そうな気持ちを察してからなのか、芯は何処までも相手の気持ちに寄り添って、まるで包み込むような優しい声で、そういった。洋も、もう敢えなくなってしまうということよりも、その日まではまだまだ会えると、いつの間にかそう思うようになっていた。その日以降も、二人は仕事終わりに会っては、色んなことを語り合った。お気に入りの本や映画のこと、そして、若者にしては珍しく、思想や宗教などについても、突っ込んだ議論を繰り広げた。洋は生きることの在処を確かめるように、そして、芯はその水先案内人であるかのような、二人の会話は夜を徹して、何時までも続いた。そして、
「オレって、ひょっとして、幸せになってもいいのかな・・。」
と、刹那的な最後ばかりを思い描いていた洋は、何時の頃から、これまでに無い、我がの人生の見つめ方をするようになっていった。そう思えば思うほど、益々、芯とは離れたくない。そんな強い気持ち募っていた矢先、
「え?。」
洋はバイト先に出勤した際、芯が一足先に其処を辞めたという話を上司から聞かされた。確かに、このまま此処でずっと働くとも、此処を辞めて、次も二人で同じ所にといった話は一切していなかった。シフトの関係上、末日まで二人が勤める必然性も無かった。
別れの挨拶を告げられることも、逆に告げることも無かったことを、洋は若干残念に思いはしたが、所詮はそういう縁だったのだろうと、自分にいい聞かせながら、その日の仕事を終えると、最後の給与を受け取った。そして、一緒に語らった公園のベンチに座りながら、一人缶コーヒーを飲みつつ、
「仕組み・・かあ。」
と、そう呟いた。何の目的も無く、人より早い死を迎えるためだけに虚ろに生きている自分を、少しでも変えてくれた芯に、洋は何処となく感謝の気持ちも抱いていた。しかし同時に、あれだけ深く語らったのに、何故自分の前から急に消えるように・・と、このまま彼と疎遠になってしまったことが、若干心残りでならなかった。
その後、洋は幾つかのバイトを転々としたが、やがて、とある小さな会社に入り、其処で長らく勤めることになった。陰鬱な性格は相変わらずだったが、それでも、色々と仕事を任される度に、嫌な顔をせず、
「さて、今度はどんな仕組みになってるのかな・・。」
と、芯から授かったポジティブに転ずる視点を試みつつ、色んな業務にも比較的熱心に携わった。そして、そんな風に慣れていく自分を感じつつ、次第に職場の仲間とも付き合うようになり、自身の身の置き場、何よりも、自身のアイデンティティーの少なからぬ部分に、その職場が組み込まれていることに気づいた。
「みんなと同じように、こうやって暮らしていけばいいのか・・。」
人と同じように、自分も暮らし、生きていくことが出来る。そんな当たり前な感慨が、洋に安寧な日々を提供してくれた。それでも、社会というのは人間同士の心の関わり合いの場。少なからず違和感とストレスは、洋にも容赦なく襲いかかった。そもそもが人付き合いの上手く無い洋。仕事の負担や職場の人間関係は、次第に洋を消耗させていった。はじめこそ、仕事や職場の仕組みを観察するべく、興味に満ちた眼で対処出来ていたのが、最近では自身でも解るぐらいに気落ちしていて、頭の周りを締めつけられるような感覚や、時間の概念が遠くに行ってしまってるような錯覚、そして、食べ物の味や、ちょっとしたゲームなどのささやかな喜びにも、もはや心が動かなくなってしまっていた。別に、無感覚になってしまうのであれば、いっそのこと、それでも構わないと、洋はそう思っていたが、人間の体というのは、無感覚は死に等しいというメカニズムで成り立っていた。
「ただ生きてるだけでは、自身の体って、重苦しいだけなんだ・・。」
そう気付いた所で、その状態を、洋にはどうすることも出来なかった。そして、無感覚で重苦しいだけの生が、ついには自身にとって違和感以外の何物でも無いという結論に、先走った思考が洋の耳に語りかけるようになっていった。そうなると、最早危険な領域であるのは間違い無かったが、そのことを気遣って言葉を書けてくれる間柄の人間もおらず、要は着実に進む秒針の如く、希死念慮に導かれ、いよいよ最後の時に向かって進む存在でしかなかった。その日以降、洋は今で言う終活のようなことを日々、淡々と行った。出来るだけ周囲の人に迷惑のかからないように身辺整理と身支度を整えて、後は何時でも生を終わりに出来るようにと、努めた。そして迎えた月夜の晩、洋は久しぶりに芯のことを思い出したのだった。どうせ逝くのだから、何を遺す必要もないだろうと、洋はそう考えようとしたが、しかし、芯への思いだけは、消し去ることが出来なかった。彼は確実に、生きる動機を見つける、そんな手掛かりを自分に残してくれた。そのことへの礼を、どうしても彼に伝えたかった。
「もう死ぬのは決めたんだ。ならば、これだけはどうしても届けよう・・。」
翌朝、洋は会社に休暇願を出すと、かつて勤めていたバイト先に向かった。建物と受付の事務の窓口はそのままだったが、働いている人達はすっかり代わっていた。
「すいません。以前、此方でお世話になっていた洋という者ですけど・・。」
その声を聞いて、奥の方から、
「おお、キミか。」
と、かつて心ない言葉を浴びせていた上司が、懐かしそうに奥から出て来た。洋は決していい思い出の無い場所だったので、芯の連絡先だけを聞き出して、すぐに此処を去ろうと、そう思っていた。しかし、
「ああ、芯君な。不思議なヤツだったよな。短い付き合いだったけど、オレもアイツが、何か気に入ってな。」
と、一緒に軽トラで芯と配送作業をしていたとき、その上司がふとした悩みを口にした際、心の落ち着かせ方と解決策のようなものを提示してくれたと、そう語った。確かに、今目の前に居るこの人物は、あの時の乱暴な口ぶりと同一人物には、最早見えなかった。そして、快く芯の次に行ったと思われる連絡先を教えてくれた。芯は居場所を転々とするような生活をしていたらしく、住まいを聞いても意味が無いだろうという、上司の気遣いもあった。そして、一枚のメモ紙を手にすると、洋は其処を立ち去ろうとした。すると、
「オマエ、何か疲れてるみたいだな。あんまり無理すんなよ。ゆっくり休むのも大事だぜ。」
と、上司は優しい言葉をかけてくれた。
洋は教えてもらったメモ紙にある、とある飲食店に向かった。其処は、ピンク色の屋根が目立つ、明るい感じの洋食屋さんだった。
「あの、すいません。ボク、洋といいます。以前に此方に勤めてた芯って人を捜してるんですが・・。」
と、ドアの付近で食材の入った箱を運び込もうとしていた女性に、そう話しかけた。すると、
「あら、芯君のお友だち?。」
と、彼女は彼の名前を聞いた途端、明るい表情で、たずね返してきた。洋は短い間だったが、バイト仲間で親しかった旨を伝えると、彼女は懐かしそうに、
「そうなの・・。確かに、うちでも一生懸命働いてくれてたわねー。仕事の覚えも早くて、お客さんにも人気があって。」
と、彼のことを思い出しつつ、そう語った。実際、少し暗い雰囲気だった店の屋根を、ピンク色にしてはどうかと提案したのも、芯とのことだった。そして、一通り仕事を覚えると、他にもやってみたいことがあるとのことで、其処も辞めてしまったと、彼女は少し残念そうに話した。そして、彼がさらに移っていった別の職場の住所を、彼女は教えてくれた。洋はお礼をいうと、先を急ぐべく、教えてもらった住所に向かった。電車に揺られながら、洋は郊外にあるとある園芸農家に向かった。芯は洋食屋さんの次は、どうやら庭師のようなことをしていたらしかった。洋はズラリと並んだ見事な鉢植えが並ぶ園芸農家に着くと、
「すいません。ボク、洋といいます。」
というと、先ほどと同じように、庭で作業をしている男性に、自身と信徒の間柄と、芯の現在の居場所が分からないかを話た。気のいい職人風の男性は、目を細めながら、
「ああ、芯なあ。いい奴だったよなあ。そうか。オメエ、芯の友達か。」
と、洋を暖かく出迎えた。芯は此処でもやはり人気者だったらしかった。しかし、やはり数ヶ月ほどで、他にやりたいことがあるといって、此処を去ったらしかった。すると、男性は、
「ほら、ズラリと並んだ盆栽あるだろ?。こんなの、中に仕舞ってちゃ勿体ないからって、みんなに見せるように言ってくれたの、アイツだぜ。」
と、男性は顎を撫でながら、懐かしそうにそう語った。
「そうですか。そんなことが・・。」
洋も、次第に芯のことを、よりくっきりと思い出していった。誰からも好かれて、その場の雰囲気を全ていい方向に変えてしまう。そして、それが形として残される。それが彼の魅力なんだろうなと、洋はあらためてそう思った。しかし、結局は其処にも彼は居なかったので、新たに移った先を男性から教えてもらった。そんなことが、その後も何度か続いて、その度に、芯のことを懐かしそうに、そして嬉しそうに語る人達に次々と出会った。大体、三ヶ月ごとに彼は職を転々としているようだった。落ち着きが無いというよりは、彼のバイタリティーが、そうさせているのだろうと、洋もそう思った。そして、恐らくは次が最近まで芯が勤めていたであろう場所に、洋は行き着いた。其処は、小さな葬儀場だった。
「あの、すいません。ボク、洋といいます。」
と、自身の紹介と、芯の所在について聞きたいと、窓口の人物にたずねた。すると、受付の女性が少し驚いたような表情で、奥に居る男性を呼んだ。すると、男性はさらに驚いたような表情で、洋の元へ駆け寄ってきた。
「あ、アナタが洋さんですか。」
口ぶりは、何か洋のことを知っているような感じだった。しかし、今までとは違って、目の前の二人の表情は、少し暗かった。
「実は、先日まで此処で勤めてくれてたんですが・・、」
と、残念そうな口ぶりで、男性は芯の訃報を洋に告げた。洋は心臓が止まりそうになった。彼は、自身の余命を知っていたらしく、恐らく此処が最後の勤め先になるだろうからと、そういいつつ、此処で雇って貰えないかと、そう願い出たとのことだった。最後まで、気丈に、そして、明るく勤めていたらしく、色んなことを知り得て、満足そうに旅立ったとのことだった。そして、
「これ、もし、洋って人が訪ねてきたら、渡してくれって、頼まれたんです。」
と、男性は、小さな封筒を洋に手渡した。洋は少し震える手で、そっと封筒を開くと、中から手紙を取りだした。其処には、
「洋君。ボクは寿命みたいだから、先にいくね。でも、キミの寿命は、この手紙を受け取った日辺りじゃ無いと思うから、出来たらボクの分まで生きて、この世を楽しんでね。」
そう書かれてあった。芯はその手紙を胸な元でギュッと握り締めて、声を殺して泣いた。そして、
「・・・有り難う。それだけを届けたくて。キミの意思は受け継ぐよ。」
そういいながら、葬儀屋の玄関先で嗚咽した。そして、一頻り泣いた後、洋は二人に礼を告げると、夕暮れの空を見上げながら、生に向かって、しっかりと歩いていった。
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