ワダ先生のお手紙講座

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 「なんちゃらの候」以外の書き出しを意識すればいいじゃないか、とも思った。でもやはり季節のことを書かないと読み手に空気感が伝わらない気がして、「風薫る」と始めてしまったが最後、「今日この頃、皆さまにおかれましては」と続けなきゃいけない気がする。結局どうやっても招待状になってしまうのだ。  小説家の人って、書き出しはどうしているのかしら。まずはそれだな。早く調べたいからまずは仕事を片付けよう。  台紙を固定して、文字位置を確認。そして筆に薄墨をしみこませた。 「木・谷・仁、様ね。キ・タニ・ヒトシ……」 「もしもーし」 「キ……」 「もしもしー」  ……え?  何今の声。  ナガイ、帰ったよな?  顔を上げると、目の前におじさんが立っていた。  もちろんナガイではない。ナガイはまだ若い。  するとホテルの人間か?  いや。  このおじさん、よく見ると体の輪郭が透き通っている。 「ヒ……」  ユーレイ……? 「あ、見えます? 私が見えますか?」  おじさんはにかっと笑った。 「私、木谷仁と申します。おたく、トアルホテルのお方で。いや、よかった。ありがとうございます」 「え、えーと」
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