ワダ先生のお手紙講座

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「実は、これをお願いしたく」  と、おじさんが差し出してきたのは、紙の束だった。 「これを清書してほしいのです。この世の人に見えるように」 「この世の人に」 「はい。最後に、妻に伝えておきたいことがありまして」  紙の束を差し出すおじさんの手が透けている。紙の束が半分浮いて見えていた。 「お、お、お待ちください」  私はあわてて内線をかけ、ナガイを呼び出した。 「あちゃー、すみません、お伝えしてなくて」  筆耕室に到着したナガイは、ヘラヘラと笑っていた。 「これ言っちゃうとみんな、辞めちゃうんで。へへ」 「どういうことですか」 「実はこの部屋、たまに呼んじゃうんです。お別れ会の「主役」をね。亡くなった方が出てきちゃうんですね〜」 「えっ……」 「何かねぇ。理由は分かんないんですけど、あの世とつながってるんですかねぇ。目の前が樹海だからかもしれないです」 「えっそうなんですか」 「ですです。死にたいな〜、もう死んじゃうぞ、なんて思ってる人には、ちょっと有名なんです、実は」  知らなかった。樹海ってよく自殺の名所とか聞くけど、もしかして、窓から見える湖の向こうのあの緑は……。
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