準決勝

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……足が、動かない。起き上がれない。 俺は理解した。とうとうこの世界に別れを告げる時が来たのだと。 思い返せば、悔いが山ほどある人生だった。 少年時代には立派なおとなになろうという夢を初めて持った。そして、青年時代には、それを叶えるためにただひたむきに努力した。あの頃は努力を努力と感じず、それによる苦難さえ心地よく感じたものだ。 そしてそれから幾分か時が流れやってきた、世界という大空に羽ばたくその日。 図体ばかりで中身はとんと成長しなかった俺は、その時でも、子供のころの立派なおとなになるという夢を寸分違わないまま持っていた。そこで初めて見た大空は、無責任なほど美しかったのを覚えている。 そこからの、希望という羽を丁寧にむしられ続けた一週間は思い出したくもない。 夢は所詮夢。俺は、その常識を持ち合わせていなかった。 客を喜ばせる能力を磨こうと長い間努力してきた。それが何よりも大切な能力だと信じていた。 しかし、結局最も大切なのは、ファーストインプレッション、つまり生まれ持った魅力であり、客を自分のところへ連れてこれる力が無ければ、どんな能力を持っていようが無意味なのだと知った。 それに気づくのが俺は遅すぎたんだ。ある意味、約束された絶望、罰、なのだろう。 ……懐古しているうちに、そろそろ、体の感覚がなくなってきた。 一体俺は、何のためにこの世に生を受けたのだろうか。そう考えると鳴きたくなってくるが、生憎もうそんな余力はない。 俺は深い絶望に身を任せ、ゆっくりと最後の眠りにつこうとした。 その時。 突然、視界を大きな影が覆った。 急に起きた異常事態に、微睡んだ脳は急激に覚醒する。そして、早くその影のもとを突き止めようと目を凝らす。 は、自分の体の何倍もある卵型の物体だった。 物体の上部には、中央が黒く塗られた白い球がはまった、浅いくぼみが二つ。 中央には、小さな三角の山が立っている。 そして下部では、丸みを帯びていてほんのり赤い二つの丘陵が、横一文字にv字の溝を形成している。 一見すると、悪夢に出てもおかしくない、悪趣味、意味不明なパッチワークだ。 しかし俺はその謎の物体の正体に、一つ仮説を閃いた。 ……もしかして、これは顔ではないだろうか。 それを念頭に入れもう一度見てみる。すると、中央の山は分からないが、上部のものは目、下部のものは口と捉えられなくもない。 だが少なくとも、自分のそれとは全く構造が違う。 決まりだ。こいつは、化け物だ。頭では、甲高い危険信号がこれでもかというほど鳴り響いている。 しかしそんな中、あろうことか俺の心は、ある一つの感情がどんどん増幅していくバグ(洒落ではない)を起こしていた。 それは、俺の生涯でついぞ働くことが無かった感情。 だ。 なんと俺は、目の前に突如現れた化け物に、一目惚れをしていたのだ。 どこにと言われたら、全体にとしか言いようがない。 自分でもいかれていると思う。しかし、ほかの感情ならまだしも、恋だ。なら、止めようと思って止められるものではない。仕方がないだろう。この感情を抱えたまま三途の川は渡れない。 どうせ死ぬんだ。あと一回。最後にあと一回だけ、思いっきりやってみようじゃないか。俺はそう決心する。 俺は、足をピンと張り、背中に感覚を伸ばし、わずかに残った力を振り絞る。そしてその力を、思いっきり周りに放出した。 少しでも、この化け物さんに俺の気持ちが届くことを願って。 「ミーンミンミン!」 「うわっ生きてる!」
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