6品目:珠玉宴

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6品目:珠玉宴

週末の朝、九郎はいつも通り早く目を覚ました。外はすでに夏の日差しが強く、暑さが部屋にじりじりと入り込んでくる。何か特別なことをしようという気分でもなく、ただ何か美味しいものが食べたいと思いながら、ぼんやりと過ごしていた。 「中華料理でも食べたいな……」ふとそんな考えが頭をよぎった。蒸し暑い日には、少しパンチのある料理が恋しくなる。どこで中華を食べるかは決めていなかったが、とりあえず電車に乗り込むことにした。 電車に揺られながら、九郎はどこで降りようかと考えていた。どこかで適当に降りて、地元の中華料理店にでも行くつもりだった。しかし、電車のアナウンスが流れた瞬間、彼の心にひらめきが走った。 「次は、元町・中華街駅、元町・中華街駅です。」 「ここだ!」九郎は衝動的にそう思い立ち、電車を降りた。元町・中華街駅に足を踏み入れると、そこには異国情緒溢れる街並みが広がっていた。色とりどりの提灯が並ぶ通り、店先から漂う香ばしい香り、そして賑やかな人々の声。まるで日本ではないような空間に、九郎は少し心を踊らせた。 どの店に入ろうかと迷いながら歩くうち、古びた外観の一軒の中華料理店が目に留まった。派手さはないが、どこか風格を感じさせる店構えだ。九郎はその店に引き寄せられるように入っていった。 店内に足を踏み入れると、そこには重厚感のある古めかしいテーブルが並び、歴史を感じさせるインテリアが目に飛び込んできた。カウンターよりも、落ち着いて食事を楽しめる空間が広がっている。九郎はその中の一つ、どっしりとした木製のテーブルに案内され、ゆったりと腰を下ろした。静かに流れる中国音楽が耳に心地よく、九郎は早くもリラックスした気分に包まれた。 メニューを手に取り、「今日は少し贅沢にしよう」と思った九郎は、普段は選ばない豪華なコース料理を注文することにした。運ばれてくる料理に期待を膨らませながら、九郎は店内の落ち着いた雰囲気を楽しんでいた。 「こちら、珠玉宴の前菜にございます。」 最初に運ばれてきたのは、小籠包。九郎は箸でそっと一つを摘み、慎重に口に運んだ。薄い皮が口の中でほころび、熱々のスープが広がる。豚肉の旨味とショウガの香りが絶妙に混ざり合い、九郎は思わず頷き、感心しながら、次の料理を楽しみに待つ。 次に運ばれてきたのは、ピリリと辛い麻婆豆腐。見た目からして食欲をそそる一品だ。九郎は一口食べると、舌に広がる辛さと、濃厚な旨味に驚かされた。「この暑さに、この辛さはぴったりだな」と思いながら、口に運び続けた。 続いて出てきたのは、黄金色に輝く酢豚。甘酸っぱいソースがカリッと揚がった豚肉に絡み、九郎はそれを一口頬張ると、心地よい食感と深い味わいに満足感を覚えた。 最後に運ばれてきたのは、北京ダック。九郎は初めて目の前にするこの料理に少し緊張しながらも、薄い皮に包んで口に運んだ。カリッとした皮とジューシーな肉が絶妙なバランスで、九郎はその豪華さに圧倒された。 そして、締めくくりにはデザートとして杏仁豆腐が出された。九郎はその純白の美しい見た目に一瞬見惚れながら、スプーンを手に取った。まず一口、口に含むと、その滑らかでクリーミーな食感に驚かされた。杏仁の芳醇な香りが鼻腔を抜け、まろやかな甘さが口の中いっぱいに広がる。食べ進めるたびに、体がひんやりと冷やされ、これまでの料理の余韻を心地よく締めくくるような味わいだった。 「これが本場の杏仁豆腐か……」九郎は、ほっと息をつきながら、最後の一口を楽しんだ。濃厚でありながらも後味はすっきりしていて、まるでこの暑い夏の日に最適な甘味だと感じた。 食事の合間、九郎は店主と話す機会を得た。店主は、この店を長年守ってきた人物であり、中華街の歴史や店のこだわりについて語り始めた。「この店は、祖父の代から続いていてね。中華街でも古い方なんだ」と、店主は誇らしげに語る。その言葉に、九郎は自分がただの料理を食べているのではなく、この街の歴史や文化を味わっているのだと感じた。 たっぷりと中華料理を堪能した九郎は、満腹感と満足感を抱えながら店を後にした。外に出ると、先ほどよりもさらに賑やかな通りが彼を迎えた。観光客たちの笑顔や、店先から聞こえる威勢の良い声が、九郎の心に活気を与えてくれる。 「また来たいな……」九郎は心の中でそう呟きながら、仕事に向けて気持ちをリセットしつつ、帰りの電車に乗り込んだ。
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