1品目:しらすのオープンサンド

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1品目:しらすのオープンサンド

僕の名前は九郎 勤(くろうつとむ)。ブラック企業で働く、いわゆる社畜さ。毎日、息つく間もなく働き続けるけど、週に一度の休みだけが僕の心の拠り所。そんな日は、衝動的に電車に飛び乗って、どこかの町で美味しいものを探し出す。これが、僕なりのささやかな反抗。仕事に追われる日常から一瞬でも逃れるための小さな冒険だ。 今日はその休みの日。朝起きた瞬間に、なんだか海が見たくなった。そう思ったらもう止まらない。気が付けば、僕は江ノ島行きの電車に乗り込んでいた。電車の中から見える景色は、都心のビル群から少しずつ自然の風景へと変わっていく。こうして少しずつ都会の喧騒を忘れ、のんびりとした空気に包まれる感覚がたまらない。 江ノ島に着くと、朝の涼しい風が顔に当たり、海の香りが鼻をくすぐる。観光客で賑わう前の静かな江ノ島は、どこか神秘的な雰囲気が漂っている。まずは腹ごしらえ。そう思い、島内を歩き始める。 江ノ島のメインストリートを歩いていると、小さなカフェが目に入った。外観は昔ながらの風情があり、なんだか居心地が良さそうだ。店内に入ると、まだ朝早いためか、僕以外に客はほとんどいない。静かな店内で流れる音楽が、心地よい時間を演出してくれる。 メニューを眺めながら、僕は「しらすのオープンサンド」を頼むことにした。江ノ島と言えば、やっぱりシラスだ。出てきた料理は、焼き立てのパンの上にたっぷりと乗った新鮮なシラス、その上にはクリームチーズが絶妙に調和している。ひと口食べてみると、シラスの塩気とクリームチーズのコクが口の中で広がり、パンのサクサク感がそれを引き立てる。朝の静かな時間に、こんな美味しいものに出会えるとは、今日は幸先が良い。 食事を終え、カフェの店主にお礼を言って店を出る。次は、江ノ島神社へ向かうことにした。観光名所としても知られているが、僕にとっては食後の散歩として最適な場所だ。階段を登ると、徐々に島全体が見渡せるようになる。潮風が心地よく、体も軽くなる気がする。 江ノ島神社に着くと、手を合わせ、心の中でささやかな願い事をする。忙しい日々の中で忘れがちな、自分自身を取り戻す瞬間だ。参拝を終えると、ふと横を見ると、一人の地元の女性が微笑んでいた。歳は70代くらいだろうか、穏やかな表情にどこか安心感を覚える。 「おはようございます。素敵な朝ですね」と、僕が挨拶すると、彼女はにっこりと笑い、「そうね、江ノ島は朝が一番いい時間よ。今日はどちらから?」と尋ねてきた。僕が都内から来たことを伝えると、「それなら、ここの近くにある小さな魚料理のお店をおすすめするわ」と教えてくれた。そのお店は、観光客が訪れる場所から少し外れた静かな場所にあるらしい。 彼女の言葉を胸に、僕はそのお店を探しに向かうことにした。島内の小道を進んでいくと、確かに観光地の賑わいから離れた静かなエリアに出た。そこには、古風な看板が掲げられた小さな食堂があった。店に入ると、海の香りが漂い、木の温もりを感じる落ち着いた空間が広がっている。 店主に勧められるまま、「地魚のお刺身定食」を注文する。出てきた料理は、まさに新鮮そのもの。プリプリとした魚の身が、口の中でとろけるように広がる。地元の食材をふんだんに使った味噌汁や小鉢もどれも美味しく、ほっとするひとときだ。 食事を楽しんでいると、店主が話しかけてきた。「この魚は、今朝獲れたばかりのものなんです。江ノ島周辺の海は魚が豊富で、季節ごとに色々な種類が楽しめますよ」と教えてくれる。彼の言葉から、料理に対する深い愛情が感じられ、僕も思わず頷いてしまう。 食事を終えて、外に出ると、昼の太陽が島全体を包み込んでいた。観光客が少しずつ増えてくる時間帯だが、僕はすでに十分に江ノ島を堪能した気分だ。駅に向かう途中、ふと今日一日のことを振り返ってみる。美味しい食事、親切な地元の人々、そして静かな時間が、僕の心にしっかりと刻まれている。 「やっぱり、こういう日があるから、また一週間頑張れるんだよな」と、心の中で呟きながら、僕は再び電車に乗り込む。次の休みには、またどこか知らない町を訪れてみよう。新しい場所、新しい味、そして新しい自分に出会うために。
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