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案内人との出会い
その夜、おかしな人がやって来た。夢かもしれない。たぶん夢だと思う。
夜中に何かいる気配を感じて眼が覚めた。
常夜灯の微かな明るさが部屋の奥に立っている青いものを捉えた。
私は上半身を起こすと、ベッドのサイドテーブルに置いた照明のリモコンスィッチを掴み明るく調整した。
青い瞳に耳の下まで伸びた青い髪。
二十歳くらいに見えるが、男性だろうか、上下とも青い服を纏っている。
いうなら『青の人』という感じ。
透明感があって、まるで美しい人形のようだ。
姿をみとめても、なんでだろう、不思議と恐怖感がない。
その人が私の方に近付いてきた。
私の横で立ち止まると、青の人は口を開いた。
「私は、青の世界の案内人です」
「青の世界の案内人?」
私は首を傾げた。
青の人は頷きながら、
「青の世界は、この世に強い想いを残したまま亡くなってしまった人の住む世界です。私はそこで案内人をしています」
なんとも意味が飲み込めない話に、私は目を瞬かせて案内人を見つめた。
「詳しくいうと、青の世界は不可抗力で亡くなってしまったけれども、伝えたい想いがあって、その想いを相手の人に届けるまで住んでいる世界なんです。浩太さんの住んでいる世界です。」
「浩太がそこにいるの?」
これは夢かな……。
半信半疑で私は訊いた。
「はい。私は浩太さんの依頼で来ました」
案内人はきっぱりと言う。
「浩太の依頼!!」
私はベッドの上に正座をした。
「はい。志穂さん、浩太さんが貴女に逢いに来てほしいと。届けたい言葉があるそうです」
「浩太に逢えるの? 逢いにいきます!」
案内人は頷いた。
「だけど逢うことが出来るのはブルームーンの夜だけです。今回はスーパーブルームーンの日の夜になりますが。その一回限りです」
スーパーブルームーンってニュースで聴いていた。
ブルーといっても月が青く見えるわけじゃなくて、名前の由来は大気中の塵で月が青く見えたなど諸説あること。
スーパーブルームーンというのは、一年で月が最も地球に接近して、いつもより明るく輝いて見えるスーパームーンと、ひと月に二度目の満月となるブルームーンが重なるからだということ。十三年ぶりで特別な日なんだと連日のように報道されていたから覚えている。
特別な日……その日は一年前に浩太が亡くなった日だ。
「ただし月が出たら、です。月が見えなかったらその時は……」
私は案内人を食い入るように見つめた。
「その時は残念ながら逢うことが出来ません。そしてここが肝心です。いいですか、よく覚えておいてください。浩太さんが伝えたかった言葉を貴女に届けて、貴女がその言葉を受けとめたそのとき、浩太さんは消えます」
「受けとめると消える……」
「はい。想いを果たすわけですからね。消えることができるんですよ。多分この国でいうところの成仏とか次の世にいくとかそういうことなんじゃないんですか。私もそこら辺は分かりません。行ったことないんですから」
なんか最後の言葉は投げやりな感じに聞こえたし、よく分からないけどとにかく浩太に逢えるのなら……。
「行きます。必ず逢いに行きます!」
私はきっぱりと言った。
「それでは、スーパーブルームーンの晩に浩太さんとよく行った場所で、月が見える時間になったら待っていてください。スーパーブルームーンって特別でしょう。だから今まで見てきたなかでも、貴女たちはとっておきの素晴らしいお別れをされるんじゃないかと期待してるんですよ。それじゃあ私はこれで」
そう言うと青の世界の案内人はふっと消えた。
よく行った場所……城跡公園だ。
アパートから十分くらいの距離で、浩太と休日になるとよく散歩したところだ。
その公園は名前の通り、かつて城があったというだけあって、高台にあり見晴らしがいい。大きな公園のなかに幾つかの小さな公園が作られていて、上の方にはたくさんの桜の木が植えられている。桜の季節には大勢の人で賑わうところだ。
これが夢か本当か分からない。でも頭は冴えている。あり得ないことだけど、人だか幽霊だか妖怪だか分からないけど、確かに私は話をした。
いや、こんなこと私の妄想かもしれない。
それでも、行こう。
逢いたい。
浩太に逢いたい。今は信じるしかない。
私は待った。あれほど嫌っていた私の誕生日と浩太の亡くなった日を。今は焦がれて待っている。
月は三日月から上弦の月に。
私は待つ。ひたすらに。
ふっくらとした十三夜に、そしてやっと満月の日が来た。
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