案内人の想い

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案内人の想い

 顔を上げるといつの間に来たのか案内人が傍に立っていて、やれやれという顔をして私たちを見つめていた。  案内人はうんざりとした口調で話し始めた。 「二人の美しい感動的なお別れを私は期待していたんですがね。堂々巡りをしてます。これじゃあどうやら無理なようだ。このまま放っておけないから姿を見せたんですよ」  そう言うと私の目の前に歩み寄った。 「志穂さん、貴女のように怖がりもせずに私をすっと受け入れてスムーズに話ができたのも珍しかった。大概の人は、私が青の世界の案内人ですと言っても『きゃぁぁぁぁぁあああああっ!』と叫ぶんです。いくら私が怖がらないでくださいって言っても、「いやぁぁぁぁぁぁぁ」とか言ってね」  案内人は表情を曇らせた。 「志穂さんが私を怖がらなかったのは、それは貴女が自分もこの世からいなくなりたい、どうなってもいい、そう思っていたからではありませんか? 私はそんな人をもう一人だけ知っています」   案内人は少し哀しい声になった。 「その人は志穂さんのように依頼人の届けたい言葉を受け入れない人でした。その人は……僕の彼女でした。私は志穂さんに後悔して欲しくないんです。志穂さんに受け入れてもらえなかったら浩太さんはずっと青の世界に居続けなければならないんですよ。ここに居続けて私のようになって案内人になっていくしか道がなくなります」 「案内人さんは想いを受けとめてもらえなかったから? ずっとここに?」と私は訊いた。 「ええもう何十年も、いや、もっとかな、覚えてないほどいます。黒かった髪も瞳も青くなるほどいるんです。私は彼女を説得できなかったことを後悔しました。彼女もきっと後悔したと思うんです。もうずっと前のことだからもう彼女の寿命もとっくに終わっているでしょうが……」  私は言葉が出ない。ただ黙って訊いていた。  「浩太さんには貴女に受け入れてもらえなかったらどうなるか話してあります。浩太さんはそれを覚悟して志穂さん、貴女を呼んだんです。貴女はそれでも浩太さんに言わせないつもりですか? まあ、私にとっては好都合なんですけどね。長かった案内人を引き継いでもらえるチャンスが訪れたわけですから。それでも私がこうして言うのはあなたたち二人に同じ思いをさせたくないからなんですが」  私は俯いて唇を噛んだ。 「このままでは私の二の舞になると思って口を挟んでしまいました。どうか良い判断をしてください。大切なことは、どんな時だって後悔しない生き方をすることです」  そう言うと案内人はふっと姿を消してしまった。
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