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気がつくと私は先ほど案内人と来た林の中に座り込んでいた。
足元には季節外れのミヤコワスレの花が咲き、辺り一面が淡いピンク色に染めあげられている。
林のなかを風がヒュウーと音を立てて吹き通っていく。
ミヤコワスレの細い茎が華奢な花びらたちを支えて揺れている。
風に揺れて震えていても倒れることをしない。
その様子は可憐でしなやかなのに強く逞しい。
花は揺れながらまるで私に語りかけているようだ。
ピンクのミヤコワスレの花言葉は『また会う日まで』だった……。
浩太は言った。いつの世にか逢えるさって。浩太、また逢えるよね。
浩太。ありがとう。さっき言えなかったけど……。
私と出逢ってくれて、ありがとう。
浩太。浩太に逢えてよかった。
不思議な日だった。この花といい。今夜の出来事といい。奇跡ってこんなことをいうのかな。
浩太のこと忘れないよ。忘れられないよ。
でも浩太は言ったんだ。
幸せになって欲しいと。強く生きるんだと。
私は前に進まなくちゃね。
うん、そうだね。
──大切なことはどんなときだって後悔しない生き方をすることです。
案内人の言葉が胸に響いてくる。
私は立ち上がって空を見上げた。
大きなまんまるな月が辺りを照らしている。
月は私の心を包みこむような、優しく微笑むような顔をして、白くぽっかりと浮かんでいる。
私は歩き出した。
一歩ずつ確かめるように、踏みしめるように、歩き出した。
大嫌いだった長い夏が終わろうとしている。
〈了〉
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