(序)

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(序)

 海、潮騒の予感がした。  ぼくはゲン(元素のゲン)。  1970年代の土曜日午後7時に放映された、園山俊二の伝説のTVアニメ「はじめ人間ギャートルズ」の主人公ゴンの知り合いさ。  そんなぼくもあれ(TVアニメ終了)からめでたくピー子ちゃんと結婚し、たくさんの子供をつくったんだ。ぼくは妻子を養うため、来る日も来る日もマンモー(マンモス)を追いかける日々。  そんな暮らしにふと疑問を抱いたぼくは、或る日地平線へと向かってひとり宛てもなく歩き出したんだ。地平線に辿り着いたらまた次の地平線へと、風に吹かれ、どこまでも、どこまでも、ただひたすら原始の大地を歩き続けた。そしたら……。  あれ?  突如地平線の彼方に、海が見えたんだ(つまり、水平線)。ぼくはビックリして、更にてくてく、てくてく海の方角へと歩を進めた。すると何とそこには、海は勿論のこと、海岸線に沿って立ち並ぶ摩天楼、つまり高層のビル、ビル、ビルが。そしてひとつの巨大な観覧車があったんだ。おやおや、どうやらぼくは、変な場所に迷い込んでしまったらしい。  ここは、21世紀の日本の横浜市にある、みなとみらい21。  時は西暦2006年4月1日。  ぼくが突っ立っているのは、人々が慌しく行き交うJR桜木町駅前。こんな所で原始人スタイルは恥ずかしかろうと、自分の服装をチェックすると、なんといつのまにかぼくは、ネクタイにスーツ、おまけに革靴まで履いていたんだ!なんで、なんで、なんで……?  何が何だかわけが分からず焦ったぼくは、とりあえず、あの巨大な観覧車の元へ向かうことにした。あれに乗れば、何か見えるかも知れないし、何か分かるかも知れない。藁をも掴む思いでぼくは、道を探してキョロキョロ周りを見回した。なになに、ええと、ランドマークタワーとやらの『動く歩道』に乗ればいいんだな。  早速ぼくは激しく行き交う人波に揉まれながら、無事動く歩道に乗った。動く歩道は、少しずつ海と巨大な観覧車に近付いている。しばらく動く歩道に身を任せていると、その行き着く先に、また何か不思議なものが見えてきた。  何だろう?  青い三角の屋根。けれどそれが何の屋根なのかは、まだ分からない。  その時ふと見覚えのある横顔が、ぼくの隣をサーッと風のように急ぎ足で通り過ぎていった。  誰だ?  ピー子ちゃん!  間違いない。それは我がいとしのピー子ちゃんだった。けれどなぜ、彼女がこんな所に?まさか原始の大地からぼくの後をこっそりと、付けて来たわけでもあるまい。しかも彼女の服装もぼく同様、なぜかサラリーウーマンのスーツ姿ではないか。  一体彼女は、こんな所で何をしているのだろう?そして、あんなに急いで一体何処へ行くつもりなのか?でも、スーツ姿の彼女もイカしてて、思わず惚れ直してしまいそう。ま、そんなことはどうでも良くて。 「ピー子ちゃん!」  ぼくは大声で叫び(周りの人が一斉にぼくを変な目で見たが気にせず)、彼女の後を追いかけようとしたけれど、彼女は振り向きもせず、その背中はもうさっさと、遥か遠い彼方の人……。 「ピー子ちゃん、待ってよ」  しかし、ああ無情。とうとうぼくはあの青い三角の屋根の彼方に、彼女の姿を見失ってしまったのだった。  あーあ、冷てえなあ、ピー子ちゃん。  ぼくは急きょ、方向転換。巨大な観覧車に乗るのを諦め、ピー子ちゃんの後を追ってあの青い三角の屋根へと向かうことにした。  あそこに行けば、きっと何かが分かる。  大丈夫、慌てる必要なんか何もない。  そう心の中で呟いたぼくは、駆け出したい気持ちを抑えつつ、動く歩道のスローな進行に身を任せた。そして段々とけれど確かにぼくの耳へと押し寄せてくる、あの海、潮騒の予感に、心を委ねながら。  ザヴーザヴーシュワー……、  ザヴーザヴーシュワー……、  ドキドキ、どきどき……、  どきどき、ドキドキ……。
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