具沢山のにゅうめん

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具沢山のにゅうめん

 ぽかぽかと暖かくて、少し暑くて、柴田は目を覚ました。顔にやわらかい息が当たっている。  柴田はびっくりして身体を硬くした。  柴田に抱きついている柘植野は「うーん」とかわいらしい声でむにゃむにゃ言って、また眠りに沈んでいった。  抱きつかれているのだ。柘植野の腕は柴田の腰に回されている。脚が絡んで、2人の下腹部はしっかり密着している。2人の硬くなった男の部分もぴったり合わさって……。  こ、これは、生理現象!! 生理現象だから!!  柴田は咄嗟(とっさ)に言い訳をした。  初めて自分以外の男のモノに触れたことにドギマギしている。それだけだ。エッチなことなんて考えてない。  そうやって頭をぐるぐるさせる間にも、柴田のそこは熱をもち始め、硬くなっていく。  ヤバい、ヤバい、柘植野さんを襲おうとしてると思われる!! こんなところで嫌われたくないよー!!  柘植野が身じろぎをして、ぐり、と硬いもの同士がこすれた。 「ンアッ」  思わず柴田は声を上げてしまった。柴田は口を手で覆いたかったが、柘植野の顔がそばにあるから無理だった。  初めての感覚に、柴田は涙目になった。もう一回こすり付けてほしかった。びりびりする快感をもう一度味わいたかった。  いっそ柘植野さんの細い腰を抱き寄せて、思い切り押し当ててしまうのはダメ……だよな……。  もしかして柘植野さんはもう起きていて、おれに意地悪してるのかも……?  おれが反応して、えっちな雰囲気になるのを待ってるんじゃ……!?  柴田は柘植野の髪をそっと撫でてみた。 「んん……?」  柘植野はむにゃむにゃ言って、またすうすうと寝息を立てて眠ってしまった。  無自覚じゃん!!  誰でもこうやって抱き枕にするんじゃん!!  絶対おれ以外の男もこうやって勘違いさせてるんじゃん!!  柘植野さんのバカ!! 好き!!  もう一回こすり付けたい。でも柘植野さんにバレたら嫌われる。いや、嫌われる前にえっちな雰囲気に持っていけば嫌われないのでは……。  そんな上級者なことできないよ!!  柘植野の華奢(きゃしゃ)なつくりの顔を間近で見る。  その唇に触れてみたくなる。色白な顔の中で、(べに)をさしたような、薄い桃色の唇だった。  うっすらと開いて、無防備な様子にドキドキさせられる。  キスってどんな感じだろう。  初めては柘植野さんがよかった。そう言ったら、許してもらえるよな。  柴田はそっと髪に触れてみた。柘植野は起きない。  唇を突き出して、顔と顔をすごく近くに寄せる。心臓がばくばく打っている。  まつ毛とまつ毛が触れるくらいに顔を寄せて——。 「あー! ダメです! ダメ! 上級者すぎる! 柘植野さん朝ですよー!!」  柴田は絡んだ脚を急いでほどいて、柘植野の腕を腰から外す。 「ふにゃ……?」  急に抱き枕がいなくなって、柘植野はぼんやりした顔で目を開けた。ぱちぱちとまばたきをして、また目を閉じる。 「柘植野さん起きてー! 朝ですよー!」 「うぅん……。何時……」 「何時だろ。7時ですよ!」 「まだ早い……」 「朝ごはん、おじやとにゅうめんとどっちがいいですか!」 「んぅ……にゅうめん」 「分かりました。寝てていいですから」  柘植野は返事をせず、布団を引き上げてまた眠ってしまった。  柘植野さんって寝起きが悪いんだ。カワイイ~~ッ!!  いつもは大人っぽい柘植野さんがむにゃむにゃ言ってるの、かわいすぎ!!  柴田はときめく胸を押さえて台所に立った。今日は粉末だしじゃなくて、最初から出汁(だし)を取ろう。  一つひとつ落ち着いてやらないと、舞い上がってしまいそうだった。  昆布を軽く拭いて水に(ひた)す。時間がかかるけど、柘植野さんはまだまだ起きてきそうにないので構わない。  柘植野さんに「ファンレター」をもらううちに、柘植野さんの味覚が分かってきた。  柘植野さんは出汁が好きだ。特に昆布をしっかり効かせた出汁が好き。  実家では基本的にかつお節と煮干しの出汁を作っていたのだが、柘植野さんは出汁に煮干しを入れると「パワフルな味」なんてコメントを返してくる。煮干し入りの出汁に慣れていないんだろう。  だんだん自分の作る料理が柘植野さんの好みに寄っていく。ときどきめちゃくちゃ甘じょっぱいものを作りたくなって、いつもの味付けで作る。  そうやって、2人の味覚をいったりきたりして過ごした2ヶ月半だった。3月の半ばに出会って、もう5月の終わりだ。  柴田は冷蔵庫の中身を確かめて、生姜(しょうが)を取り出す。風邪っぴきの柘植野さんの身体が温まるように、たくさん入れたい。大きめのひと塊を切り落とす。  今日はチューブではなく、生の生姜にした。その方が身体が温まりそうなイメージがある。あくまでイメージである。  昆布を浸す間に、冷蔵庫をのぞいて身体によさそうな野菜を刻む。  長ねぎ、にんじん、固めのかぼちゃ、ええい、スナップエンドウも入れてしまえ!  昆布とかつお節の出汁が取れたら野菜を()でるかたわらにそうめんを準備。  我ながら手際がいい。もう一品作っちゃおうかな……。 「柴田さんごめんなさい……作ってもらっちゃって……」 「わ! いいんですよ全然全然! 寝ててくださいね」  柘植野が起き出してきた。柴田は、寝ている柘植野にキスしようとしたのに今さら罪悪感を覚えた。  柘植野は額に冷却シートを貼って、マスクをしているから目しか見えない。  目しか見えないのにすごくかわいい。どうしよう。  味見しても全然味が分からない。こんなの全部、柘植野さんのせいですからね!!  溶いた卵を鍋に回しかけて、具沢山(ぐだくさん)にゅうめんのできあがり。 「柘植野さーん! できましたよー!」
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