ポストの口

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郵便ポストに、ハガキや手紙を入れると、相手に届く。 ポトンと、ハガキや手紙を、ポストの口がのみこむ。 そうだ、ポストのお口が、そうやって、のみこむ、のみこめば、ハガキやお手紙は、何にも言わなくても、相手の許へと届くのだ――幼稚園生の九太郎は、信じて疑わなかった。 だが、その思いは間もなく裏切られことにもなった。 幼稚園で仲良しの、ミエコちゃんに、そのことを言うと、きょとんとした顔になって、 キューちゃんたら、なに言ってるのと反撃されたのだ。 おハガキやお手紙というものは、郵便局のおにいさんが、ポストから取り出して、郵便局に運んで行って、それから、スタンプとか押されて、相手のヒトに届くんだよ――ミエコちゃんは、大人びたシタリ顔をして、言った。 「スタンプって?」 とりあえず訊くと、ミエコちゃんはまた、そんなことも知らないんだという顔をして、 「何月の何日ってスタンプだよ、ケシインって言うんだよ。きょうは8月の2日だから、きょうハガキやお手紙を出したら、8月の2日っていうスタンプが押されるんだよ。うん、ケシインがね」 それは何の役に立つものなのだろう、とさらに九太郎は訊きたかったが、またバカにされるかもしれないと思い、黙っていた。いや、バカにしたりはしない。ミエコちゃんはそんなイジワルな女の子じゃない。だから、ぼくたちはお友達なんだ、と思いなおすのだが、なんだかモヤモヤする思いは消せなかった。 それでも、九太郎はまだ半信半疑の気持を抱いていたかもしれない。 だから、うちに帰って、夕ご飯を作っている最中のママに訊いた。 あーらとママは笑って、ミエコちゃんは物知りさんねえ、とミエコちゃんを褒める。 会社から帰って来たパパにも、お風呂にいっしょに入りながら、訊いた。 九ちゃんはイイ子だなぁ、とパパはやさしく褒めてくれたあと、そうだよ、ポストに入れられたハガキやお手紙は郵便局まで運ばれて、ケシインを押されて、それぞれの送り先へと届けられるんだと教えてくれた。 「でも、九ちゃんが思ったことはわるいことじゃない。夢があって、イイなァってパパは思うよ」とも言ってくれる。 こんな風にして、今まで知らなかったことを一つ一つと知って行って、九ちゃんもおおきくなっていくんだよ、とパパは、いっそうやさしい笑顔になった。 ともあれ、そんなぐあい、ミエコちゃんの言ったことを、パパとママが認めた。 大好きなママとパパが揃って、そうなのだから、信じないわけにいかない。 それでも、モヤモヤと残念な思いを抱えるばかりの九太郎だったが、あっと気が付いたことがあった。 そうだよ。ぼくは、まだ、郵便局のヒトが、ポストに入れられたハガキや手紙を取り出すところを見たことが、ない。1度でも見たなら、ミエコちゃんの言ったことをこころから信じられるだろう。 制服姿の郵便局のヒトが――おにいさんだけじゃない。おじさんみたいなヒトも、女のヒトだっている――バイクや自転車に乗って、この町のあちらこちらを走っているのを見かけたことは何度もあるのだけれど。 そのうち、九太郎はイイことを思い付いた。 そうだ、見張り番をしてやろう。 郵便局のヒトが、郵便ポストから、ほんとうにハガキやお手紙を取り出すところを見たい。駅のポストがいいな、と九太郎は思った。 家から歩いて行けるところに、おおきな駅がある。 あそこなら、見張り番をしていたって、目立ちにくいってものだろう。 待合室で電車の到着を待つ人達、電車から降りて来て、改札口を抜ける人達に紛れるようにして、自分のような幼稚園生が一人でいたって、どうってことはないんだ。 日曜日の午後、さっそく出掛けた。 ふふふん、と九太郎は、歌でも歌うような顔をして、待合室の一人となって、郵便局のヒトの到来を待っていた。 でも、ずいぶんと待っても、バイクや自転車はやって来ない。 そのうち、あっと気が付いた。 今日は日曜日だから、普段の日と違って、収集時間は間遠なのかもしれない。 きっとそうだ。 それでも、ここまで待ったのだから、もう少しだろうと九太郎は自分を励ました。 構内の自販機で買った缶のジュースを飲んだり、売店売りの小さなアンパンを食べたりしているうち、到頭、郵便局の制服姿のヒトがスクーターに乗ってやってきた。 若いおにいさんだった。 九太郎は、待合室から、ポストの傍に行った。 おにいさんの手元の様子を見る。 何気なさを装ったつもりだったが、おにいさんは、あれっとは思ったらしい。 「どうかした?」 おにいさんは訊いた。 「あ、お手紙に、切手を貼り忘れたりとか、したのかな?」 「ち、ちがいます」 ふうんと頷きながら、おにいさんは、おおきな布袋のようなものに、中身のハガキや手紙をざっくりと入れて行く。 やっぱり、ミエコちゃんの言うとおりだ。 確かめたからには、これ以上、見ている必要はなかった。 さよならと言っていいのか。言うのはヘンか。九太郎が迷っているうち、おにいさんのほうから、じゃあね、と軽く口笛を吹くような言い方をして、去った。 見る見る遠ざかるスクーターの後姿を、九太郎は、ぼんやり見詰めていた。 時が、流れる。 流れるのだ、時というものは、と言っているうちにも、また時は流れる。 時が流れて、九太郎は、郵便配達人となっていた。 九太郎青年は、颯爽と今日もスクーターに跨り、郵便物をお届けする。 幼い日の疑問が解けてから、以来、憧れ続けていたというわけでもない。 学校を出て、消防士になることを希望したが、うまく行かず、路線変更をして、郵便局勤めとなった。そして、毎日、家やアパートや会社等々、お届け先1軒1軒へと郵便物を配達している。雨の日も、風の日も。そう、土砂降りの日も、大風の日も。 ずっとこのまま、配達人のままでいることはないのかもしれない。局内勤務となって、簡易保険の係などやる日も来るのかもしれない。そんなことを思ったりもするが、ともあれ、日々の郵便配達を、九太郎はまずまずと機嫌よく元気よく、こなしていた。 ポストから郵便物を取り出す収集人のお役目を果たす日もある。郵便の収集と配達、どうということもなく、九太郎は仕事に励むのだった。 そんなある日――それは、郵便局が休みの日曜日、買い物をしたあと、映画を観たり、美味しいものなど食べたりしようかと外出した九太郎は、駅前の郵便ポストの傍に、一人の少年が佇んでいるのを見かけた。 幼稚園生だろうか、もう小学校に上がっているか。 少年は、ふっと周辺を見やったり、辺りを窺っている様子を見せた後、ポストの口に、スッと手の先を入れる。すぐ元に戻す。また入れる。すぐ戻す。 何をやっているのだろう、と見ているうちにも繰り返す。 単なるいたずらめいたものだろうか。 何やらイケナイ物などポストに投げ込んでいるというのなら、郵便局員の制服など来ていなくても注意したいが、そうとは見えない。 少年はまた手の先を、スッとポストの口に入れる。すぐ元に戻す。また入れる。すぐ戻す。 繰り返されると、何かのおまじないのようにも見えて来る。 「どうかしたかい?」 気付けば、九太郎は少年に近づき、訊ねていた。 少年は、アッという顔をして、九太郎を見るが、シマッタという表情は見せない。 病気がちのおかあさんが元気になるように、とこうしている。三日続けて、3回ずつ繰り返せば、願いが叶うと聞いた。今日はその最後の日で、あと1回やれば、それで済むのだ――少年は、達者な口ぶりでセツメイする。。 ふうん、そうかいと頷く九太郎に、自分は今その最後の日の3回目を遣っている最中なのだ、だから、邪魔しないで欲しい、とそこまでのことは言わないが、言いたい目をして、少年は、九太郎を見ているのだった。 九太郎は黙って、少年のやることを見ている。見守っているという気分でもあったろうか。 三日続けての3回目を、少年はやりおおせた。 九太郎を見、ちょっと笑って、去って行く。 その日を境に、郵便配達人兼収集人の小坂九太郎は、不思議な光景をしばしば、目にすることになる。 ポストの口に、スッと手の先を入れる。すぐ元に戻す。また入れる。すぐ戻す。 あの時と同じ少年ではない。 中学校の制服姿の男子女子、買い物袋を下げた中年女性や、仕事帰りらしいサラリーマン風の男性、散歩途中かのおじいさん、孫の手を握ってのおばあさんまでやっている。 ポストの口に、スッと手の先を入れる。すぐ元に戻す。また入れる。すぐ戻す。 時には、順番待ちをしている人たちもいる。 何をしているのですか、とわざわざ訊ねてみてはいけないのだろうか、と九太郎にはためらう気持があった。 郵便局員として、ポストに投函された郵便物を収集する仕事というものを、この自分は担っている。不思議な、あるいは不可解なおこないを為している人々を見過ごさず、なにをしているのですか、と訊ねてみるのは当たり前の行為かとも思われるが、あの時の少年のように、もっともとも言えるような返答をされたら、どうだろう。 不適当なものを入れたわけでもない、入れようとしているわけでもない。 どこがいけないのでしょうか。反論されたら、彼らを納得させるような答えを、自分は持っているだろうか。 どう、思う? 九太郎が、訊ねてみる相手は、恋人の新子である。近々、結婚するつもりだ。 言ってはナンだが、九太郎はオクテな方で、新子とは二年ほど前、高校時代の親友から誘われて参加した飲み会で、付き合ってみないかと紹介されて以来の関係であった。 新子はあっけらかんとアクティブな女性で、九太郎との交際も、常に1歩2歩とリードするようなところがあったが、「このワタシは、あなたというヒトが好き」とはっきり態度で示されるのには、九太郎とて悪い気持はしなかった。 圧されては退く、引いては圧されるといった煮え切れない九太郎の態度に、新子が愛想尽かしをしそうになったこともあったが、やっぱり、わたしはあなたが好きよ、と新子は去って行かなかった。 そんな彼女にほだされ、と言っては自惚れが過ぎるかもしれないが、半年前、風邪で寝込んだ九太郎を仕事を休んでまでして看病してくれた新子に、、九太郎からプロポーズを果たした。 そんな新子に、九太郎は訊ねるのであった。 ポストの口に、スッと手の先を入れる。すぐ元に戻す。また入れる。すぐ戻す。 そんな行為を繰り返すにんげん達が多数存在する、その事実について――どういうものだろうか。 「そうだよ、きみ、どう思う?」 訊かれた新子は、九太郎を見た。 「どうも、思わない」あっさりこたえた。 「そうかい」九太郎も軽く返事をした。 「気にしなくって、イイんじゃないの」 「でも、気になるんだな。うん、そうなんだ。気になり始めると、ドンドンそうなるんだ」 新子は、また、九太郎を見る。見詰める。少し笑う。 「言っちゃおうかな」 「うん?」 「あなたの恋人も、それを」 「え?」 九太郎は、目の前の新子を見た。 「だから、ポストのお口に……のその行為を」 「やったっていうのかい?」 新子はまた少し笑う。イイ笑顔だ。こんな笑顔のステキな女性と自分は結婚する、それはやっぱり途方もない幸運のような気がしてくる。だが、新子はどうして、あの行為に及んだのだろう。 「お願いを聞いてもらいたかったの。どうか、この世でいっちばん好きな人と結婚できますように。そのカレが、プロポーズなんてしてくれますように、ってね」 通じたわけかい、と九太郎はあらためて、新子を見た。 新子はいたずらっぽいまなざしをくれながら、あなたもやってみたら、と微笑んだ。 「僕も、やる?」 「そうよ。お願い事、あるでしょ」 「ある、かなぁ」 「寂しいこと言わないでよ。このシンコさんとの結婚生活が、うまく行きますように、とか、やがて生まれてくるであろう子供が、いついつまでも健やかでありますように、とかね。いろいろね」 「そうだよなぁ」 九太郎は、全くそうだそうだと何度も頷くのだったが、郵便物を収集し、配達する、それを仕事としているにんげんが、やってのけていいものかどうか、迷う気持はあった。 あなたもやってみたら――新子の提案が、その日から、九太郎の身内には休みなくふくらんで行く。やってみようかな。止めておこうかな。迷いが募る。 それでも、九太郎は、やっぱり、郵便ポストをめざして、出掛けて行った。 新子から言われて、5日ほど後の日曜の夜である。 けっこう寒い日だったこともあって、厚手のコートにマフラーにと着込んで行きそうになったが、まるで何かの武装しているみたいにも思われ、止めにした。 さり気無く普段の気分で格好で、行った方がいいのだ。そこら辺までちょっと散歩に出掛ける、そんな気持で行くのがいい。 パーカーだけ肩に引っ掛けるようにして家を出た。 普通の速さで、歩く。 駅前のポストが近づいて来る。やはり、やめておこうか、とまたためらいの思いが来た。いや、引き返したくはない。これから結婚し、子供の親とも成ろうかというにんげんが、ちょっとした動作をして、お願いをする。それだけのことじゃないか。わるいことではないだろう。 もう、目の前にポストが在る。ポストが在るからには、その口もある。 最終電車の到着はまだ10分ほど先、周辺には誰もいない。 そうだよ。だーれも、いない。 九太郎は1度だけ、深呼吸をして、ポストの口に手の先を入れた。 ポストの口に、スッと手の先を入れる。すぐ元に戻す。また入れる。すぐ戻す。 ほら、うまく行った。こんなにもカンタンに。 掟破りかなとも一瞬思いながら、2度3度と繰り返すと、しかし、強引なちからが裡から来た。 あっと声を出す暇もない。九太郎の手は掴まれるだけ掴まれて、引っ張り込まれた。 九太郎の体は瞬間縮小の技にでも掛かったみたいに、小さくなったので、それが叶うのだった。 飲み込まれた九太郎は、ポストの裡にいるだけあって、すっかり郵便物そのものだった。何も話さず語らず、ありふれた1枚のハガキ、あるいは1通の封書そのものとなって、明日の月曜の朝一番の収集を待つ。それだけのことだった。 郵便物となった自分は、誰の許へと届けられるのだろう。全く誰かに訊きたくても、郵便物の自分には口が無いのだ、と九太郎は気付く。気付いて、あーあーと諦めのあくびをしたくなったが、口が無ければそれも出来ないと思えば、泣けてきた。泣けてきたって、目玉もないのだから、涙も出ない。 明日朝一番の収集で、郵便局へと運ばれる。更には、謎の郵便物のままながら、いちおうはスタンプなんて、消印なんて、いちにんまえに押されるのか。 そして、何処の誰とも判らない、そのヒト、送り先の主の許へと届けられることにはなるのだろう。 そう、自分は届けられる。届けられる、届けられてしまう。 口もなければ目玉もない、ナイナイ尽くしの自分は、中身を検められもしないまま、いつものダイレクトメールだねとクズ籠にポイなんてされちゃう? ――と、そこまでの思いに耽ったところで、「きゅうたろうくん」と呼びかけられた。呼びかけられて、あれ?と訝しむ。目無し口無しの今の自分は、耳だって聞こえないはずなのに、きゅうたろうくん、その声はちゃんと聞こえる。 えッ。誰だよ、誰がこんなところでこの自分の名前を呼ぶ? きゅうたろうくん。もう一度声がした。いっぱい投げ込まれている郵便物の中から、その声はする。 「お久しぶりね。わたしのこと、覚えてないかな――と訊いたりしちゃったら、ヘンかしらね。お互い、ハガキかお手紙かってね、こんなすがたになってるんだものね」 この声には、聞き覚えがあるような気がする、と九太郎は不思議な気持になった。確かに、ある。遠い遠い昔、何処かで、聞いたような。 お名前は? と訊ねる前、その名を名乗られた。 「ミエコよ。お忘れかしら。幼稚園の年長さんで、ほら」 アッと九太郎は震えた。 「ミ、ミエコちゃんかよ」 あれ、口無しのじぶんであるはずなのに、ちゃんと言葉を発することもできる、 目だって、ちゃんと開いて、うっすらと暗いポストの中を見ることだって、と不思議がる九太郎に、「そうよ、あのミエコちゃんよ」と思わず泣きそうにも笑いそうにも聞こえる声で、ミエコちゃんはこたえる。 「こんなところで、再会するなんてね」 「久しぶりって言うのがおかしいくらい久しぶりだね」 そう、卒園以来、ミエコちゃんとは会っていない。小学校に上がると、すぐにもミエコちゃんは転校して行ったのだから。 「でも、うれしいわ。会えて」 九太郎が今思っていることをそのままミエコちゃんは言ってくれる。 郵便ポストの口から飲み込まれたハガキや手紙というものは、そのまま送り先へ届けられると信じていた九太郎に、そうではなくって、いったん郵便局に持って行かれて、スタンプ、そうケシインというものを押されて、届け先へと送られる、その事実を教えてくれたミエコちゃんなのである。 「きみは、ちっちゃい頃から、聡明だったね」九太郎のココロからの思いだった。 「そんなことないよ。そうでもないのよ」 哀しそうな声を、しかし、ミエコちゃんは聞かせる。 十代までは、まあまあと幸福で、何不自由なくの暮らしをしていた。 短大を出て、親の勧めるお見合いをして、結婚生活に入った。 「でも、しっくりいっていないの、夫とはね。だから、わたしもおなじまいをしていたの。少しでも今の暮らしが良くなりますように。夫の関係がうまく行きますようにってね。お祈りしながら、ポストの口に、スッと手の先を入れる。すぐ元に戻す。また入れる。すぐ戻すなんてね――そうしたら、手を入れた途端、裡から、ぎゅぎゅっと手を掴まれて、そのまま引っ張り込まれて、こんな感じ」 ふーん、ボクとおんなじなんだね。 思わず、九太郎は言わずにいられなかった。しかし、暮らしがままならぬから、不幸だからとおまじないを行なったのではない。あいする結婚相手の新子から、勧められてのことだ。だが、そのことまでは告げずに、まあ人生にはいろいろあるよね、とそれだけ言った。 ミエコちゃんも察するところがあるのか、何も訊かない。 「夫も、根は良い人なんだけどね。仕事が忙しくなったりすると、暴君になったりしてね」 一つクシャミのようなものをしてから、それだけ言った。 時間が過ぎて行く。 そのうち、外からの光が射しこんだ。ポストの口へと、おまじないというでなく、普通の行いとして、郵便物が差し入れられるたび、その一瞬にもの光が弾ける。 さよならを言う間もなく、またミエコちゃんとはお別れなんだ、と九太郎は思わずにいられなかった。 収集の時が来た。郵便ポストの横っ腹のような扉が開けば、郵便収集人の逞しい手に掴まれる。大袋に入れられる。 アッと叫びそうになって、九太郎は自分が再び、口無し目無し耳無しになっていることに気が付いた。 すぐにも走り出すスクーターの快音が、それでも響くのは何とか聞けそうかと哀しげにも思った。 九太郎は、ありもしない自分の耳を一瞬取り戻したように、その音を確かに聞いた。
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