大家千鶴子の独善

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「なんだよ、あの伝票に何が書かれてたって言うんだ」 「あの宅配便の伝票はね、あの子のSOSだったんだよ。あの子はコンビニの店員にSOSが伝わらないと悟って、不在時に宅配便が管理人室へ預けられるのを思い出し、次はあたしにSOSを伝えようとしたんだ。差出人欄に記入されていた『102』の部屋番号、そして、品名欄の『ソース』、『オリーブオイル』、『塩』。これを英語にするとsauce、olive oil、salt、頭文字を上から順に読んでごらん」 「……102号室からのSOS、か」  進藤は歯をギリギリと噛みしめる。 「あの子はね、ずっと姿の見えないストーカー被害に悩んでいたんだ。ストーカーは進藤さん、アンタだった。店内の防犯カメラにはあの子について回るアンタの姿が録画されてたよ。すぐ近くにストーカーがいて、怯えて声をあげることができなかったんだろうね。コンビニを出てマンションへ帰ってすぐ、部屋の前でアンタはあの子を拉致したんだ」  千鶴子は浴室のドアを見る。中からは何の物音も聞こえない。 「だけど今朝、アンタが出したゴミをチェックしてあの子が生きてることを確信したよ。2人分のコンビニ弁当の空箱。監禁しながらもちゃんとご飯は食べさせてあげていたようだね。しかも『彩り野菜のヘルシー弁当』はダイエットを気にしていたあの子の分だろ? 相手を思いやれるなら、なんでこんなやり方になったんだい?」  うつむいた進藤の口から、か細い声が漏れ聞こえる。 「……1日でも早く一緒になりたかったんだ。一緒に暮らせば、今は俺に興味がなくても、いつかは愛が芽生えるかもしれないと思って……」 「アンタは部屋番号以外、名前すらあの子に認識されてなかったんだよ! あの子にとってアンタの存在なんてその程度だったんだ。それを一足飛びに一緒になりたいだなんて……そんな一方的に自由を奪う形で何が愛だ!」  すると進藤は顔を上げて千鶴子を睨みつけた。その顔は見たことがないくらい醜く歪んでいた。 「……うるせぇババア!! ナメてっとブチ殺すぞ!!」  次の瞬間、進藤は猛然と千鶴子へ襲いかかる。千鶴子はフライパンを盾にするように体の前へ突き出し、叫んだ。 「やってみろってんだ!! そっちこそババアをなめると痛い目みるよ!!」
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