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「なんせ緊急事態だからね、仮にナマモノで腐らせたらあの子だって困るだろ」
いくらなんでも勝手に開けた言い訳がそれとは……。
それに、品名欄に記入されているのは常温保存の調味料だし、仮にナマモノだとしても要冷蔵で宅配されるはずだ。以前から薄々感じてはいたが、千鶴子の行動は管理人という職務を越えて目に余るものがある。
たとえ長期間留守にするにしても、不在時の宅配便を管理人室に預けるのは絶対にしないでおこう、そう進藤は固く心に誓った。
その時、進藤の後ろでエントランスのオートロックが音を立てて開いた。
「あっアンタ! 103号室の!」
自動ドアから入ってきた男の姿を見るや否や、千鶴子は飛びかかるように男の前へ立ち塞がる。年齢の割にやけに素早い動きだ。
千鶴子に行く手を遮られ、ギターケースを肩に背負ったいかにもバンドマン風な身なりの若い男は、聞こえよがしに小さく舌打ちをした。それからさも迷惑そうに眉を寄せる。
「なんすか、こっちは練習終わりで疲れてんすよ」
「疲れてるとか関係ないね! アンタまた夜中にギター弾いたろ?! あたしんとこに苦情が来てんだよ!」
「は? 苦情?」
103号室の住人、塚本祐太朗は、千鶴子の横で事態を傍観していた進藤を、細い目をさらに細めて威嚇した。
「え? いやいやいや、苦情いれたの俺じゃないですよ!」
進藤は顔の前で両手を振ってみせる。だが塚本は納得できないとばかりに詰め寄ってきた。
「あんた、隣の102のヤツだろ? あんたの他に誰がチクんだよ」
「いや、反対側のお隣の104の人じゃないですか? 俺は知りません」
「嘘つくなよ!」
唾が飛んできそうなくらい顔を近づけてきた塚本から逃げるように進藤が身をよじると、ふたりの間に千鶴子がぐいと肩を入れる。
「まぁまぁ、進藤さんの名誉のために言っとくと、苦情を入れたのは別の人だよ。それにしてもアンタ、他人を責める前にちょっとは反省しな! 隣とか関係なくそこら中に響き渡ってんだよ!」
「ちっ、……さーせん、これでいいっすか、そんじゃ」
塚本は乱暴に千鶴子の体を押しのけると、逃げるように廊下を大股で歩き去ってしまった。すぐにバタンとドアが閉まる大きな音が響く。
「ったく、バンドマンだかなんだか知らないけど、あんなやつの歌う曲、聴きたくもないね! 性根腐ってるわ!」
「あの〜、俺もそろそろいいですか、大学の課題とかあるんで」
ここぞとばかりに進藤が退散しかけると、千鶴子は途端にわざとらしく笑顔を作って引きとめてきた。
「え! ちょっと待っておくれよ! 本題はこっち! アンタにだけ言うんだけどさ、コレ、聴いてみてよ! あんなバンドマンの曲の何億倍も名曲だからさ」
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