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そう言って千鶴子がエプロンのポケットから取り出したのは、どうやらKーPOPアイドルのCDのようだった。7、8人の男性がずらっと並んでポーズを取った色鮮やかなジャケット写真に、曲名は『Got it!!』とある。流行の音楽に疎い進藤にはまったく縁遠い代物だ。
「ほんっとに最高なんだよ! この真ん中の1番背の高い子が実はマンネでね、しかもちょっとツンでヒョンたちのこと振り回したりするんだけど、なんだかんだでメンバーみんな仲良しなのがまた可愛くってさぁ」
千鶴子はCDジャケットを指差しながら嬉しくてたまらないというように笑みを漏らす。進藤は聞いたこともない単語の羅列に困惑するばかりだ。
「え、えーとCDですか……うちCDデッキないんで、申し訳ないですけど」
「なに?! デッキも貸せって? あんた大人しそうな顔して意外と厚かましいね」
いやいや、無理やり推しのCDを貸し付けようとして厚かましいのはどっちだよ。そんな進藤の心中に構うことなく、近づいてきた千鶴子は強引に進藤の手にCDを握らせる。そしてふいに鼻をヒクヒクとさせた。
「おや、アンタどっかで風呂入ってきた?」
「はぁ? あ、いや汗かいたんで大学のサークル室のシャワールーム使ってきましたけど……」
「よく見たら髪がまだ濡れてるじゃないか」
千鶴子がそう言いながらしわくちゃの指を伸ばしてきたのを合図に、進藤は慌ててその場から逃げ出した。
「し、失礼します!」
廊下を走って自分の部屋へ逃げ込む。手には意思に反して千鶴子に押し付けられたCD。
……はぁ、なんなんだよ。こんなマンション早く引っ越したい。
◇◇◇◇
翌日。
出掛ける支度を終えた進藤は、大学の2限の講義に間に合うよう部屋を出た。
すると、エントランス横にある駐輪場脇のゴミ置き場で、なにやらせわしなく動く丸い背中が視界に入る。続けてガサガサとビニール袋の擦れる音。
「え! ちょっと何してるんですか?!」
嫌な予感がして、進藤は思わず声を張り上げた。
その声に丸い背中が振り返る。案の定、大家の千鶴子だ。朝っぱらから胸焼けしそうな濃いメイク。ローズピンクに染めた唇を尖らせてこちらを見てくる。
「見ればわかるだろ、ゴミの分別をし直してんだよ」
見ると、捨てられたゴミ袋の口が開けられ、ゴミがコンクリートの地面へ散らばっている。見覚えのある丸めた郵便物やアイスクリームの空容器を見つけ、進藤は悲鳴をあげた。
「それ、俺のゴミですけど!!」
今朝、進藤がゴミ置き場に出したばかりのゴミ袋に間違いない。
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