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「な、なんだよ、なんで」
「アンタに貸したCDを返してもらいに来たんだよ。それからあたしの大事な推し友もね」
後ずさる進藤を追いつめるように、千鶴子はさらに部屋へ踏み込む。そして、玄関の右手にある浴室の扉に目をやり、確信を得たようにうなずいた。
「やっぱりだね。風呂場の扉に南京錠? これはどう見てもうちの装備品じゃないね」
「……」
千鶴子は両手でフライパンの柄を握り直す。
「最初からアンタを疑ってたわけじゃないさ。宅配便の差出人も最初はただの書き間違えだと思ってた。だけどあの時アンタに声を掛けてわかったんだよ。進藤さん、アンタはあたしに『隣』の様子を聞かれて、迷わず101号室を見たね」
「……それが何なんだよ」
聞こえた進藤の声は別人のように低い。だが千鶴子は構わず続ける。
「アンタの住むこの部屋は102号室だ。隣と言えば101だけじゃなくて103だってそうだろ。しかも、103は以前から騒音で苦情が来るような部屋だよ。隣の様子を聞かれればまず103を思い浮かべるか、どっちの隣のことか確かめるのが普通なんじゃないか? でもアンタは無意識のうちに101を見た。だからおかしいと思ったんだ。アンタは101号室の住人に何か異変が起きたことを知ってるんじゃないかってね」
千鶴子は乾いた唇を舐める。
「それからアンタにも見せたあの宅配便の伝票。領収印を見ると、4日前の深夜、近所のコンビニで集荷されたことがわかった。あの子はコンビニで調味料を買って、そのままカウンターで宅配便を送る手続をしたんだね。でもおかしいだろ? 近所のコンビニから調味料をわざわざ宅配便で送るだなんて。だから今日、じーさんに頼んでレジ前の防犯カメラを見せてもらってきたんだ」
「は? じーさん?」
「あそこのコンビニの元店主はあたしの幼馴染みなんだよ。昔は個人商店だったけど、今はフランチャイズして息子夫婦が継いでいる。バイトのいない夜はたまにじーさんがひとりで店番してるんだ、客もめったに来ないしね」
進藤は、深夜にコンビニへ行くとよく店の奥からイビキが聞こえてきたのを思い出す。会計のために大声で店員を呼ぶと、奥から出てきた老人が目をしょぼしょぼさせながらレジを打ってくれるのだ。
「レジ前の防犯カメラには、あの子が宅配便を頼む姿が録画されてた。あの子は伝票を書きながら品名欄を指さして懸命にじーさんにアピールしてたよ。だけど伝わらなかったんだ。まぁ、あの書き方じゃじーさんじゃなくても遠回し過ぎて気づかないだろうけど」
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