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触手との交わりは海の生物で見かけるような、育児嚢で子どもを孵すのとは違って、孵化直前まで腹の中で温めて、産卵管が後孔から引き抜かれると卵を産み落とすって感じだ。だから産んでから一日以内に孵化するんだろう。
それにしても……刺激が強すぎた。興味本位でやるもんじゃなかったな……。
横を見れば、子触手もはねる水を浴びて揺れていた。そういえば、今や大きくなって自分で水飲んだり獲物を獲ったりしている触手ちゃんも、孵ったばかりのときは俺が水をちびちびかけてやったんだよなと思い出す。それで、子触手にもポタポタと水を垂らしてやった。ぴこぴこして心なしか嬉しそうに見えるかもしれない。
「俺の……子かぁ……変な気分」
そうこうしていたら他の四つの卵も孵化して、ずいぶん賑やかになった。とりあえず、俺は触手ちゃんと子どもたちの前で宣言する。
「えっと、お前たちが人間の雄を必要としているのは知っている。でも、俺のパートナーはこいつだけだ。俺は自分の子どもと番う趣味はないからみんなちゃんと覚えておくように。それぞれ、いい人を見つけなさい。ああ、でも、悪者に見つかって命を落とすのもだめ。いいね」
どのくらい通じるのかはわからない。でも、こいつらの知能は侮ってはいけないというのも、曽祖父の記録や俺自身の経験からわかっている。曽祖父は生まれた触手とも番っていたみたいだけど、さすがに俺にはそれは……なぁ。
あと、触手が貴重な生物なのは確かだ。催淫作用の粘液に、肌を美しく保つ粘液、極めつけのあの蜜玉……それだけでも相当な価値があると俺は思っている。密猟にあわないとも限らない。
こんなかわいい触手たちが理不尽な目に合うのだけは許せないんだよな。というか、見たことも聞いたこともなかったのってそれが原因なんじゃないだろうかとすら思えてくる。
そう、蜜玉。
触手ちゃんから与えられていた蜜玉の養分はかなり良質だったのか、俺は研究ばかりしていたときより断然肌の色艶がよくなっていた。クマも消え、肌には張りが出てしっとりと輝いている。それに、姿を見て驚いて変な声を上げてしまったくらい、見たこともない『美青年』と言える人物が映っていて、やせ細っていた俺は健康的になっていた。
危険だな、と俺が思うのもしょうがないと思う。こんなの商人や貴族に狙われるだろって警戒もするさ。
俺は曽祖父の記録のあとに、自分の産卵経験についても書き足すことにした。でも、この記録は世に出せない……触手たちが狙われてしまうから。
とはいえ、この貴重な生物の記録を残さないというのも……なにか違うと思ってしまう。きっと曽祖父も同じように考えたんだろうと容易に想像がつくんだよな。
そして、この種を絶やさないために魔導札の勉強までして一個だけ封印したんだろう。俺が不注意で破っちゃったけど……。魔導札、どうにかできないだろうか。次の交配のときに一個保管できればいいのに。無理だよなぁ。いや、曽祖父の血を引いているんだ、俺だって頑張れば少しはなんとかなるんじゃないかなと、曽祖父の残した魔導書と陣をもとに勉強を始めた。
「ああ、くそ。線が歪む。これじゃ魔導インクで書いてみるなんて夢のまた夢だ。スケッチは得意なのになんで……」
俺が勉強しながら愚痴っていると子触手たちが周りに寄ってくる。どうやら俺が煮詰まってイライラしてくると、心配して癒やしにきてくれているらしい。優しい子たちだ。五体をそれぞれ指先で撫でてやるとぴこぴこと揺れて喜んでいるのを表現してくれる。
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