5.触手との……

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5.触手との……

 隠されていた日記の中身は濃く、なかなかに衝撃的で人に見せられないと思って隠したのも頷ける。自分が曽祖父だったらと想像するが、家族にこれを見られるのはとてもじゃないけど無理だ。  バクバクする心臓をなんとか落ち着かせて日記を読み進める。それによると、孵化した触手が成熟するには五ヶ月ほどかかり、繁殖行動ができるようになると気に入った人間の雄を選ぶのだという。身近にいれば誰でもいいと言うわけではなく、なんらかの方法で相性を見極めているようだと書いてある。  触手の生涯で繁殖行動をするのは一、ニ回で、弱っている個体でなければ普通はニ回。三回以上はまずないとのこと。一回の繁殖行為で生まれる卵は五つ。繁殖行動の間隔は個体によって違うが、相手を変えることはせず最初に決めた相手としか番わないのだそうだ。  待て待て……多くはニ回で終わるってどこでそれを調べたんだ。まさかと思って別の日記を読み進めれば、生まれた触手の子どもの中からも曽祖父を選ぶ子がいるとまた番っていたらしい……。   「いやいや……ひぃ爺さん、これはまずいでしょ……」    曽祖父は「何度も触手と交わったがこのままではこちら(・・・)に帰ってこられなくなる」「人でなくなる前に未練を断ち切って街に戻る」と書き残していた。曽祖父がそこまで覚悟してここを捨てなければいけないほどのことだったのか。  あの外でワサワサしている可愛い触手ちゃんが曽祖父の子どもであるということもそうだけど、あの触手ちゃんもそのうち人間の雄を選んで繁殖行動を……?  ちょっと待て。  あの触手ちゃんが孵化してどのくらい経った? もうそろそろ五ヶ月じゃないだろうか。俺はゴクリと生唾を飲み込む。  発情した触手は、気に入った人間の雄だけを引き寄せるフェロモンを発するようになると書いてある。曽祖父が考察するには、気に入った雄を惹きつけるというよりは、フェロモンで惹きつけられる雄を気に入るという逆説的なものだった。確かにそっちのほうがしっくり来る。  日記に書いてある触手との交合は、今まで男女経験のない俺には想像もできないものだった。でも曽祖父がとてつもない快楽(・・・・・・・・)で現実に帰ってこられなくなりそうだと書いてここを捨て、祖父や父を含め誰にも場所を教えず、来られないようにしていたということが、どうにも俺の探究心をくすぐって止まない。  俺だって性的なことに興味がない訳じゃない。でも街にいた頃は植物や動物なんかばかりを研究して、ひょろひょろの俺は女子にモテることもなく──それは今も同じだった──そんな童貞丸出しの俺が『現実に帰れなくなりそうな恐怖を感じるほどの快楽』にドン引きしつつも興味を持ってしまうのもしょうがないだろ?  とはいえ、あの触手ちゃんが俺を選ばなければ、そんなことになることもないから杞憂に終わる可能性も十分ある。    ◇◇◇   「あっ……」    ある日、俺は触手ちゃんに絡め取られていた。  今までさらりとしていた触手ちゃんの表面はヌラヌラとした粘液を分泌していて、その香りはクラクラと頭を痺れさせる。日記に書いてあった触手が繁殖行動を始める時の変化だ。  自分が触手ちゃんに嫌われていないどころか、むしろ好かれているだろうことはなんとなくわかっていたけど、いざ本当にそういう対象とされていると思うとなんとも言えない気持ちになる。   「ま、待って……ひあっ」  
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