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「いやああああああ!」
叫びとともにハルが目を覚ます。窓からこぼれる朝日が彼女の顔を照らしていた。布団の横にはキヨシはいない。
「え? 夢……?」
ハルは目をしばたたかせた。上体を起こす。手には封筒は握られていない。どこまでが現実で、どこからが夢だったのか、すぐに理解できなかった。だが彼がこの部屋にきて彼女の涙をぬぐい『大切な手紙』を届けてくれたことが夢であるということは、うたがいようがなかった。
「うっ……うっ……」
彼女は泣いた。夢のなかだとはいえ、一度決壊してしまったダムはもとに戻ることはない。まごうことなき現実のまえでは、薄氷のフィルターも意味をなさない。彼女は感情のままに涙を流した。
カタン、と音がした。玄関からだ。ドア裏の郵便受けに朝刊でも届いたのだろうか。ギシギシと鳴く身体を動かし玄関に向かう。そこには、しわくちゃでボロボロで血まみれの封筒が一通落ちていた。
「これって……」
夢で見たものと同じだった。思わず拾う。夢で感じたものと同じずしりとした重さがある。
「まさか……」
彼女は慌てて封筒を開ける。なかから手紙とピカピカの指輪が出てきた。
「これって、もしかして、結婚指輪?」
ハルは慌ててドアを開ける。しかし、そこには誰もいない。あたりを見まわす。孤立した『ひなた荘』から見るいつもの景色が広がっているだけだ。ボロボロの外壁にはナツヅタが絡みつき、幽霊屋敷のような様相を呈している。
「ごほっ、ごほっ」
咳が出た。今朝は一段と冷える。手のなかにある結婚指輪がキンと冷たい。それを左手薬指にはめる。ぴったりだ。もう少し、頑張って生きてみよう。
昨夜のできごとが夢だったとしても、今、この手にある冷たさはまぎれもない現実だ。それがこれからの薄氷のフィルターになる。これがあれば、まだまだ生きていける。この世のどこかに彼がいるかもしれないという希望を持って。
それに、もしその希望がついえたとしても、天国に行けば彼に会えるはずだから。だから今は、この手紙の内容は見ないようにしよう。
そう心に決めて、ハルは手紙をふたたび、封筒のなかにしまった。
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