老嬢の夢

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 ハルは自分以外誰もいなくなったアパートで、ペラペラの布団に横になっていた。身動きを取らずともギシギシと鳴き出す床。改修に改修を重ねたために統一感のなくなった内壁が窓からこぼれる冬の冷たい月の明かりを反射していた。 「ごほっ、ごほっ」  昨今の流行病とは関係なく慢性的に体調が悪い。自分の命もそう長くないと、彼女は感じていた。だが、もし自分が死んでしまったら、戦争に行った恋人がこの家に帰ってきたときに絶望してしまうのではないか。そう思うと、もう少し生きていなければと思わざるを得ない。時計の針がカチコチと一定のリズムを刻む。まぶたを閉じると、その音がさらにうるさく感じられた。彼女は気をそらしたくて夢想する。 「キヨシくんも早く一人まえになって、ハルをもらってくれ」  彼女の父親の口癖が一軒家だったころの家に響いた。寒さ対策に布団を肩からかけている。 「国の仕事が落ちつけば」  坊主頭のキヨシがまっすぐハルの父親を見つめる。 「っていうか、私がまだ十四歳なんだけど……」  その会話にハルが割って入る。しかし、父もキヨシも女である彼女の言葉は重視しない。 「再来年には結婚ができる年齢になるだろう。そのころには、この国に平和がおとずれている」  もっとも、そう言われて悪い気はしなかった。むしろその言葉に喜びさえ感じていた。ふたりは恋愛関係にあったわけではないが、まわりからの結婚斡旋の言葉を聞けば、そんな未来に希望を見出すようになる。ハルにしてみれば、キヨシに対しての好意もわく。 「もう、勝手なことばっかり言って! 知らない!」  そう言って目を固く閉じてそっぽを向く。父とキヨシは、そんなしぐさのハルを無視して、その後も国の仕事の話で盛りあがっていた。  そして、そんな会話をした直後に、彼のもとに手紙が届いた。
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