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「無事だったなら……手紙くらい書いてよ。私、ずっとここにいたんだよ。ずっとここで待っていたんだよ」
「ごめん」
キヨシは言う。
「戦争に行ってから毎日、手紙は書いたんだけどさ、送るまえに没収された。運よく出せたとしても、すぐに軍の検閲で引っかかって没収されちゃったんだ」
戦争をおこなっている地域の情報をその他の地域にもらさないための配慮だったのだと言う。それに、あまりにも同じことをくり返すと軍からのペナルティがあたえられてしまうため、キヨシは手紙を書くことを断念したそうだ。
「でも、これだけはきみに渡したくて。それで、ずっと隠し持っていた」
そう言って上着のポケットから封筒を取り出した。しわくちゃで、ボロボロで、血まみれの封筒だった。
「ずっと持っていたから、こんなになっちゃった」
手紙を受け取ると、ハルの目からはさらに涙があふれてきた。
「もう泣かないで」
そう言ってキヨシは右手の親指で、いつかのようにハルの目をぬぐった。その感触でハルは昔を思い出した。
「あのときも、こうやって涙をぬぐってくれた」
「ああ。変わらないね、きみは」
「あなたも……変わらない」
坊主頭の十九歳の少年の幻影に向かってハルが言う。その顔は三十歳にも見えたし、九十歳にも見えた。
「これ、開けていい?」
封筒は、ハルの手にずしりと重かった。キヨシが穏やかに言う。
「もちろん」
ハルは泣き笑いの表情で封筒を顔のまえまであげた。このなかに入っている手紙には、なにが書かれているのだろう。口で言わないということは、口で言えないということなのかもしれない。だが、今、目のまえにいるキヨシは穏やかに笑っている。少なくとも悪い報せではないだろうと思った。
「え……?」
悪い報せ。まさか。
自分の頭に浮かんだ言葉に急に不安になる。彼が戦争に行った翌日から、毎日確認していた死亡通知。いや、でも、そんな、まさか。
「さあ、開けてみて?」
年齢不詳のキヨシが言う。目覚まし時計が鳴った。
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