流れる桃

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「お疲れさまでした~」  水道のある場所にたむろした奥さん達の楽しげなお喋りや明るい笑い声が響く中、僕達は帰る挨拶をするために事務所に立ち寄った。  事務机でパソコン仕事をしていた川手さんがこちらに気付いて立ち上がった。一瞬、僕の左頬に残された紅葉マークを見て、あれ?と不思議そうに首を傾げながら。 「お二人とも、今日はどうも有り難うございました。本当に助かりました」 「こちらこそ、お陰様で良い事が・・・いやいや、とても勉強になりましたよ」 「よかったら桃、少し持って帰りませんか?」  手のひらで指し示されたのは、今日の作業でハネ出された桃達だった。生産者の家ならどこでも、収穫期は嫌になるほど自分達の桃を消化している。それを知りつつも一応、声をかけてくれるのだ。 「いえ、遠慮しときます!」  二人で声をそろえて即答した。すると川手さんは「そりゃそうだよね~」と笑う。これぞ田舎の挨拶というものだ。 「あ、でも」  突然思い直して言った。 「やっぱり一個だけもらっていってもいいですか?」  山の中から一つを手に取った。それは先刻、花菜と二人で迷った、あの色味の少し変わった桃だ。これは本当に悪い桃だったのだろうか?あとで検証してみよう。 「じゃあね~」 「おつかれ!」  僕を門前で降ろした花菜の車が走り去るのを見送ってから家に入る。さっきまでの賑やかさとは打って変わって、 誰もいない広い玄関で掛時計のチクタク音だけが僕を迎えた。  僕は右手をじっと見る。帰りの車中で、は本当に故意ではないと説明して、花菜は何とかわかってくれたみたいだけれど。 僕を横目でジト、と見て、『エッチ・・・』と小さな声で一言。なんか色っぽかったな。  もし花菜と結婚したら、あの大きな桃が自分のものになるのか。いいなあ、あれ、いいなあ・・・。などと、気が付けばいけない想像をしてしまう。どうしよう、僕の中で花菜の株価がまた上昇してしまった。
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