流れる桃

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流れる桃

「おはようございまーす」  二人で挨拶しながら、段ボールやパレットが山積みされた広い構内に入っていくと、ちょうど共選作業員の人達が輪になって朝礼をしているところだった。  男の人も何人かはいるけれど、ほとんどが農家の奥さん、お母さん達だ。その中の、近所の見知った人達は「拓巳ちゃん、しばらく見ぬ間に大きくなって〜!」と気さくに声をかけてくれたりもした。 「お二人はここをお願いしますね」  よく工場にあるような幅の狭い鉄製の階段を上って、管理者の川手さんという女性に連れてこられたのは、『22秀』という表示が貼られた作業台だった。『22』は桃のサイズ、『秀』は等級を表している。  作業開始を報せるブザーが数秒間、鳴り響いた。やがてガッコン、ガッコン、と音を立ててベルトコンベアが回り始める。 「これから桃が沢山流れてくるからね。それに一個ずつキャップを被せて、箱詰めするのが私達の仕事よ。頑張ろう!」  長い髪が邪魔にならないようにゴムでまとめながら。花菜は既に気合充分だ。  かたや僕の方はといえば・・・ 「へえ〜、桃は一個ずつお皿に載って流れてくるんだね。ICチップで識別されて、それぞれの担当者のレーンまで送られてくるのか。 なんかこれ、回転寿司店にある機械とよく似ているね。部品を流用してるのかな」  などと、どうでもいい事が気になって仕方がなかった。  花菜は近くにある箱の中から、一つの桃を抜き出して手に取った。 「拓巳、このくらいの固さが標準だからね。よく覚えといて」  ここを出荷される桃が市場や小売店を経由して、消費者の食卓に届くのはだいたい3〜4日後くらいだ。だから、その頃がちょうど適熟になるように、まだ固い桃を出荷している。逆に今が食べ頃みたいな柔らかい桃は、流通過程で必ず傷んでしまうから、見つけ次第に除外しておかなくてはならない。  僕と花菜は一つの作業台を挟んで向かい合って立った。僕が桃にキャップをかけて、慣れている花菜が箱詰めに専念する作戦だ。スポン!スポン!とテンポよく、僕は花菜から教わったやり方で、次々にキャップをかけていく。 「そうそう、いい調子!」 「それにしても・・・柔らかい桃が結構多いなあ。これも、これもだ」 「だから急いで出荷しなくちゃダメだったのね、きっと」  やがて、ある一つの桃が僕の手を止めさせた。他の桃と色味が少し違うのだ。 「花菜、この桃はどう?ハネとくか?」  どれどれ?と手にとって。 「先端が斑点状にくすんでいるわね。固さはまだしっかりしているけど。これは個性の範疇なのかしら?微妙だわ・・・」  そこへタイミングよく川手さんが巡回しに来てくれた。 「川手さーん!この桃はどうですか?」  ベテランの目がキラーン!と光る。川手さんは力を全く入れることなく、その桃の先端を二、三回、優しく撫で撫でした。 「・・・うん、これはハネた方がいいね」  再び自分の持ち場へと戻っていく川手さんの後姿を、花菜は尊敬の眼差しで見ていた。 「ね、プロってすごいでしょ?何だってすぐにわかっちゃうんだから!」 「え〜、本当かな・・・?」  あれだけで判るのかな?いや、きっと勘で判断しているのだ。それかもしくは、判定し難い桃は一応、 外しておくのが通例なのだろうと、その時の僕は思っていた。     カッコン、カッコン、と、ベルトコンベアの音がメトロノームみたいに響いている。10時の短い休憩をはさんで、単調な作業はその後も続けられていた。 「・・・なあ花菜、」 「ん~~?」 「今日はありがとうな、連れてきてくれて」 「どういたしまして」 「僕は農家の子なのに、今まで収穫された桃がこんな風に世の中に出ていく事すら知らなかったんだな。恥ずかしいよ」 「う、うん・・・」 「ありがとう、本当に、あ、ありが、むにゃむにゃ・・・」 「・・・って、寝言かよ!?寝るな〜!」  花菜に軽く頭をはたかれて、僕はハッと目を覚ました。 「うっ、ここはどこだ?僕は何を・・・?」 「立ったまま眠るとは器用な奴ね!お昼まであとほんの1時間よ。もう少し頑張って」  これあげる、と強いメンソールのキャンディを三つ僕の手に握らせながら、 「眠くならないように何か話そう?そうだ、拓巳が東京でなんちゃらデザイナーをしてた時の話でも聞かせてよ」 「あまり楽しい話じゃないけど、いいか?」  そういった流れで、僕は東京での生活を花菜に語って聞かせることになった。          
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