襲来

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 空で太陽に薄雲がかかる毎に、四方を囲む山の稜線は明るくなったり暗く翳ったり。それを何度も何度も繰り返していた。  花菜の運転する軽自動車の助手席に乗せられて、僕は共選所へと連行されていく。道路の両側に植えられた色鮮やかな百日紅の花が、交互に赤、白、赤、白、と車窓から流れていた。  ふと、景色に違和感を覚えた。6年前と何かが違う。葡萄畑があったはずの場所に新築の家が数軒、雑草伸び放題の空き地、ソーラー発電機。他にも切り倒された切り株が、かつて桃畑だった事を物語っている更地も目についた。 「なあ、なんか畑、減ってないか?」 「・・・うん、そうね。ここ数年でかなり辞めちゃったわ」  花菜はそれ以上なにも言わなかった。少しの間、車内を沈黙の空気が支配した。 「天気、今日は保ちそうだね」  こんど雨が降れば、それが梅雨入りの使者という事になりそうだ。日本中、いや世界中の農家のために、今年は充分な降雨と過度でない日照がある事を切に願う。  いや、それを言うのなら、台風も来なければいいな。冷害も、積雪も、害虫や病原体の大発生も・・・。ほんの些細な大自然の気まぐれが、農家の一年分の努力を一瞬でゼロに帰してしまうことだってあるのだ。実際、こんな不安定な職業って他にあるだろうか?  そこのところを花菜はどう思っているのだろう?ちょっと意見を聞いてみることにする。 「なあ、花菜」 「ん〜?」 「農家をやってて、不安とか疑問を感じたことってない?」 「そりゃあ・・・あるわよ!」 「それじゃ、辞めたいと思ったことは?」 「ないわ。不安よりも、やりがいや使命感の方がずっと強いから」  花菜はこんな話をした。 「この間、米国でオレンジ農家を経営している家族が、観光ついでに家の農園を見学に来たのよ。その人たち曰く、『こんな猫の額みたいなささやかな農地で、どうやって利益を出せているの!?』て、ひたすら驚いていたわ。言われてみれば確かに不思議よね。拓巳はそう思わない?」 「確かにね。でもまあ、それは国からの補助も少しはあるし、何より果物一個あたりの単価が高いからじゃない?フルーツ王国として名高いY県産の果物だから、ブランド価値みたいのがあって、多少高くとも買ってもらえるんだ」 「そう、そこよ!大事なのは!!」  ハンドルを持ったまま僕の方にグッと身を乗り出す花菜。キキー!車がセンターラインを越え、ぐいーんと大きく蛇行した。 「うわあバカ、前見ろ、前!!」 「おっとととと・・・!」  対向車がいたら危なかったな。気を取り直して。彼女は話を続けた。 「この土地が果物の産地として世界中から認められているのは、長い年月をかけて築き上げた先人達の努力の成果なのよ!私達はただそれに乗っかっているに過ぎないわ」 「・・・そうだね。開墾された畑も、実がなるまでに成長した樹木も、作物を育てるノウハウも、言ってみれば全てがそうだ」 「だから私、その大切な物を受け継いで、少しでも良い形で次に渡したいの。自分の子供や孫たちが将来、路頭に迷う事のないように。そのためにはもっと勉強して、もっともっと経験を積まなくちゃならないんだわ!」  花菜・・・本当にブレない奴だな。惰性ではなく、本気で農家をやる気でいるんだ。その心意気やひたむきさを眩しく感じた。  例えるなら彼女は大木の若木みたいだ。この土地にしっかりと根を張って、太陽に向けて真っ直ぐ新緑の枝を伸ばして。それに比べて僕は何だろう?増水した急流をひたすら流されていくだけの一片の水草?それともよく100均の売り場に吊るされている根を持たない草、エアープランツ・・・?  そんな事を考えていたら、山の中腹にポツンと建つ、年季の入った倉庫風の建物が見えてきた。あれが目的地の犬塚共選所だ。
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